九つの殺人メルヘン (光文社文庫)
本書は九つのグリム童話に隠された真実(?)の裏解釈とともに、事件を解き明かすという趣向である。しかしそれらは表面的な見方に過ぎず、本書の真価は、有栖川有栖のアリバイトリックの名編『マジックミラー』の中の「アリバイ講義」で9種類に分類されたアリバイトリックが、九つの事件すべてに用いられているというところにある。したがって、本書を読むより前に、まず『マジックミラー』を読んで欲しい。
しかし、本書の試みは大いに意義があるものの、肝心の作品の出来に関しては、推理作品としても読み物としても「可もなく不可もなく」といったところである。
グリム童話の裏解釈も、「ヘンゼルとグレーテル」や「七匹の子ヤギ」、「赤ずきん」など既に他でも聞いたことのある内容のものが多く、著者のオリジナルとは言いがたい(宮部みゆきも、本書の作品の多くがオリジナリティに欠けると評している)。また、これらの童話の裏解釈は単に作品の中で語られているに過ぎず、個々の事件と有機的に結びついていない。
その点で本書は、「この橋渡るべからず」や「屏風の虎退治」など有名なエピソードの裏解釈を自然に織り交ぜながら、一休さんが事件の謎を解く『金閣寺に密室(ひそかむろ)』には遠く及ばない。
また、日本酒の薀蓄を評価する人もいるが、ミステリーには関係がないことで、酒飲みでもない私にとってはどうでもいいことである。
邪馬台国はどこですか? (創元推理文庫)
歴史ミステリー小説とのことだが、現代の4人の登場人物の歴史談義を通じて、
歴史のなぞに大胆に迫るというもの。
持論を展開する宮田と、これに対抗する常識人の静香。やや静香の発言にまゆを
顰める箇所が多いことが気にかかるが、全体としてはテンポよく楽しめる。
なにより、歴史に関する知識が中学校レベルでも本書を楽しめる分かりやすさが
嬉しい。破天荒な結論は、しかしながら真実の香りを漂わせており、何やら歴史的
大発見の場に立ち会ったような興奮を覚えずにはいられない。
努力しないで作家になる方法
ミステリやファンタジーなどのエンターテインメント小説の覆面作家である著者が、短篇集『邪馬台国はどこですか?』でデビューするまでの半生を、虚実織り交ぜながら小説風に描いたエッセイです。
なんとも人を喰った、お気楽なタイトルがついているけれど、実際には苦節17年の地道な努力の積み重ねであり、「継続は力なり」という金言を信奉してきたたまものであることを強調しています。
ハウツー本としてはあまり役立ちそうもないですが、とても読みやすくて後味のいい本です。文章表現が凡庸で常套句が目につくけれど、私には興味を惹かれる素材でした。
昭和33年生まれとあるので、特に同世代の読者には時代背景のさまざまなディテールがなつかしく感じられるのではないでしょうか? 主人公の伊留加総一郎は、マンガ家の近藤ようこ氏が勤めていた頃の新宿の紀伊国屋書店でアルバイトをしていたそうなので、もしかすると見かけたことがある人かもしれない。
東京創元社の会議で首をかけて『邪馬台国はどこですか?』の出版を通した加藤しおりさんというのは、もちろん編集者の伊藤詩穂子氏のこと。心温まるエピソードです。
鬼のすべて (光文社文庫)
この作家さんの話って結構エグいですよね…。
鬼の存在はなんだろう? というのよりも、「鬼の意味は何を指すのか」ということを探る、本の中の問答が非常に興味深い内容でした。
本当にそうするしか方法がないのだろうか…そう思うとちょっと悲しい。