アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)
夢か現か。『ドラクエ』か『マイト&マジック』か共通する世界観。そして『ウィザードリィ』級の暗黒波動が読み手の想像力を最大限に喚起する至福の読書体験と言ってもいいか。意図的に作者が企んだロールプレイング風調味料が実にしっくりマッチしているアラビアン・ナイト・ブリード。作中作が幾重にも絢爛たる旧世界アラブ社会の闇の奥をグイグイ抉り、直球とばかりは言えない悪魔的な作為の書。構築された作者の世界観に飲み込まれたら最後、溺れようが息継ぎできないまま流され漂うあなた任せ状態。もうどうにでもして。こういう目くるめく読書体験はメジャーデビュー作品『13』当時から作者が濃厚に所有していた作家的資質によるところ大である。言ってみれば大法螺吹きの系譜。オーソドックスな作りながらツボは確実に押さえる手練れぶりであるなあ。
無理矢理設定を読者に叩き込む冒頭さえ乗り切ればOK。乗れなきゃそのままダンジョンから出ちゃえばいいのだからこれほど簡単なことはない。でしょ(^_^;)。これまでゲームのロープレで納得いかなかった点を、しっかり古川日出男流に料理しているところがミソ。腑に落ちる。目から鱗。戦士やら魔法使いが入り乱れてダンジョン攻略に血道を上げる様が理路整然と描かれればそりゃ納得しますがな。モンスター倒せば金が貰えるなんてゲーム作者の都合だけじゃんと思っていたけれど…ふむふむ、なるほど、そう来たか。古川日出男かなりのゲーマーと見た。ドラクエでいう大ボスとの遭遇編でヒートアップする夜の種族の物語。魔法戦士ってやっぱ凄いのね(^_^;)。これって冒険小説のカテゴリーに無理矢理引き込んじゃちう。『このミス』上位は確実かと(しっかり入ってますねえ)。
古川日出男ってこの作品で大ブレークしたかというと、実はそうでもなかったりするのだな(^_^;)。業界ウケはいいようですが、如何せん角川書店経由だから書店でのタマ数が少ないのだ。億単位の広告費でも掛けて積極果敢に売り出せば、元は取れるほどには売れるかもしれないのに、平積みにも数えるほどの冊数しか書店では並んでいませんでした。営業が緩いのかな。ともあれ、じわじわと売れてゆく…そんな本であって欲しいものである。ゆっくり読めば3週間は楽しめること請け合い。ささ、あなたも今宵、浮世離れした活字でのダンジョン探検に浸りませんか。ハリウッドで実写版で映画化されれば、こりゃウルトラ級の超大作間違いなし。おっと、その前に英訳されなきゃ無理か。
SWITCH 25周年特別編集号 特集:井上雄彦
Switch,25年を記念した一冊. 主に,井上雄彦先生の,最後のマンガ展,仙台最終重版を特集. 最終となる仙台会場を歩いての,井上先生の感想が読めます. そして,最後のマンガ展,上野,熊本,大阪,仙台,それぞれの展示ポスターを収録. 仙台版の展示ポスターは,折りたたみ形式になっており,横長で,海を背景にした,少年の武蔵の迫力が圧巻な作品!! 最後のマンガ展と平行し,仙台で開催された,バガボンドのアシスタント体験が出来る,ワークショップの記録も掲載. 小中学生が描いた,十人十色のバガボンドの完成原稿が,感想文と共に見れます. 更に,仙台会場入口に井上先生が描いた,巨大壁画のメイキング映像を,本誌連動として,完全無料で“Switch App(スイッチアプリ)"にて公開!! 巨大壁画の制作過程を追った“THE MAKING OF 井上雄彦 最後のマンガ展 最終重版"が,iPhoneとiPadで観れます. バガボンドファンは,是非,鑑賞してみて下さい!! 仙台最終重版に行った方も,行けなかった方も,この一冊は必見です!!
アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)
文庫が出てたのですね。それはお目出度い。
この著者は物語を紡ぐ力があり、ジョン・アーヴィングやガルシア・マルケスの長編を想起させるものがあります。日本人作家は、わりと小さな世界を膨らませたり(宮部みゆき)、独自の世界での展開(村上春樹)で一級のものを出す例が多い気がしますが、これや「ベルカ、吠えないのか?」などのように大きな物語を展開できる方は稀に思います。ジャンルを超えて世界級の書き手でしょう。
春の先の春へ 震災への鎮魂歌/古川日出男、宮澤賢治「春と修羅」をよむ (宮澤賢治ブックス01)(CDブック)
古川日出男の朗読は以前から聞いていたので、きっとこのCDは人を鈍器で殴るような荒々しさに満ちているのではないか、聞き終わってずたぼろの気持ちにさせられるのではないかと思いながら再生ボタンを押したのですが、そんなことはありませんでした。
まだ赤い傷に誠実により添って歌い希望の先を望もうとしている、そういう朗読だったとおもいます。
聞き終わって呆然とはしていますが、決して嫌な気持ちではありません。
痛みを正しく長い道程をとおって消すことを希求している、その透明なかなしみをそっと手渡されたのだと感じます。
このCDは、震災以前の朗読よりもずっと技巧を削ぎ落としているように聞こえます。
よくきくとテクニックはますます冴えているし、そもそも最初からガンガン攻めてくる朗読なのですが、テーマのために統制されていて、それをそれと意識しないで聞くことが出来ます。
「永別の朝」「無声慟哭」「報告」「青森挽歌」「春と修羅」というこの構成もすばらしい。
真ん中に挟まれたあるギミックを使って録られた「報告」がその鮮やかさを、聞き手に意識させてくれます。
タイトルに入った「春と修羅」は、何も見えない夜の底を目をカッとこじ開けて全力でひた走るような心地がして、この春にこそ聞いてほしいと思う朗読でした。
ひと粒の宇宙 (角川文庫)
大して厚くもないこの文庫本に、よくもまぁ、30編も収録したなぁと思わせるアンソロジー。しかも、執筆者は、芥川賞、直木賞をはじめとした文学賞受賞者がほとんどで、レベルも高い。
もちろん、純文学好きではない私なので、全ての作家を読んだことがあるわけではない。おそらくこういう機会でもなければ、ヨムことのなかった作家も含まれているが、仲な楽しめる一冊だった。
基本的に、長編小説、しかも大長編が好きなので、こういう超短編はあまり好みではないのだけれど、どれもジャンルも違い、飽きが来ないものだった。こういう短編集もいいかも。
収録作品の中では、やはり私がお気に入りにしている、古川日出男、平野啓一郎などはもちろん面白かったのだけれど、それ以外の作家でも、いしいしんじ、歌野晶午、高橋源一郎、橋本治、矢作俊彦、重松清、玄侑宗久なども、良かった。
とにかくこれだけの人の作品が収録されていれば、いくつかは、面白い作品が見つかるだろう。面白い試みだった。