燃える平原 (叢書 アンデスの風)
人命の軽さがファン・ルルフォの描く世界の特徴である。いかにも土民的で、前時代的な自己保存本能だけに支配されている人物群を作者は意図的に創出している。暴力の存在がひどく当然なものとして物語に表出しており、暴力を前にして躊躇したり逡巡したりする人物はひとりもいない。「自分のためだ。だから殺した」というのはある種、神話的な視座でさえある。ルルフォの殺人にははなっから善悪など存在しないし、従って悔恨も存在しないのである。自分の口を糊するだけで汲々とする生活の存続が彼らの主題であって、その切実さにおいて善悪は潜在化し、良心はうなだれるのだ。生きていくうえで、極端にずうずうしいまでのたくましさ。その意味で力強い人間たちがこの小説には数々登場する。