幻の声―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)
宇江佐真理のデビュー作。作者はたびたび直木賞候補となっているが、このデビュー作も小説としての完成度は高い。函館在住の小説家だが、江戸の情緒や文化を見事に再現する。また、芸者文吉など、女性の描写はピカイチで、独自の市井小説となっている。時代小説における久々の才能といえよう。
我、言挙げす―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)
「八丁堀純情派」を名乗った不破龍之進、緑川鉈五郎、春日多聞、西尾佐内、古川喜六、
橋口譲之進。彼らは成長し、後輩もできた。そしてついに、古川喜六が結婚することになった。
嫁になる芳江の父帯刀清右衛門は、かつて上司の不正を暴こうとして失敗し、閑職に追いやられた。
「自分ならどうすべきか?」龍之進の心は揺れる・・・。表題作「我、言挙げす」を含む6編を
収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ8。
今回の作品も読み応えがあった。「粉雪」では凶悪な事件を扱っているが、伊三次と伊与太の
ほほえましい親子関係に救われる思いがする。「委細かまわず」では、直面した問題に正義感の
強い龍之進の苦悩する様が描かれている。小早川も、考えれば哀れだ。「明烏」では、お文の
不思議な体験を描いている。「もしあの時、違う道を選択していたのなら・・・。」お文の心の
動きが、興味深い。「黒い振袖」では、お家騒動に巻きこまれた姫君と龍之進との淡いふれあいが
印象的だ。「雨後の月」では、弥八とおみつ夫婦の関係をしっとりと描いている。人間、生きて
いればいろいろあるものだ・・・。表題作「我、言挙げす」もよかった。おのれの信念を貫くことは
大切だが、それだけではどうすることもできない問題も多々ある。
この作品のラストでは、伊三次一家にまたまた試練が降りかかる。「八丁堀純情派」、そして
「本所無頼派」は、この先どうなっていくのか?ますます楽しみなシリーズだ。
彼岸花 (光文社時代小説文庫)
江戸を舞台に、人と人との出会い、絆を描いた
6つの作品からなる短編集。
人によって、幸せの形は様々。そして、幸せは
お金では買えるものではない。
そんな当たり前のことを思い出させてくれる作品。
ひょうたん (光文社時代小説文庫)
江戸・五間堀で小さな古道具屋を営むお鈴と音松夫婦を主人公に、持ちこまれる品物をめぐっての様々な人情劇。宇江佐ファンならその空気はもうわかるはず。毎晩集まる亭主の友達のために、料理上手なお鈴が酒の肴をつくる場面がたびたび描かれているのが印象的で食の興味をそそる。またそれぞれの実家との確執の場面も各人の背負う人生の哀しみを感じさせる。少ししか登場しない芸者の豊八や岡引の虎蔵も、その言葉遣いや細かい風貌の描写によりしっかりと命が吹きこまれている。一行一行大切に読みたい、心に暖かいものが残る珠玉の一冊。
心に吹く風―髪結い伊三次捕物余話
伊三次とお文の恋物語で始まったシリーズも、10巻目に入って主役は次の世代に。やっと伴侶を見つけた不破龍之進はきいと祝言を挙げ、二人の新たな生活が描かれますが、龍之進もはや30歳近く。自然と伊三次とお文の長男・伊与太と、龍之進の妹の茜の若い世代の登場が多くなります。伊三次とお文の二人も中年夫婦の落ち着きを見せ、若い伊与太の将来を案じる様子は完全に父と母の顔。
活躍は次の世代に移るも、伊三次を取り巻く人々の、人情味溢れる様子に心が温まります。捕物話もありますが、捕物帖としての面白さより人情ものとしての味わい深さが際立つ一冊です。