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人間の約束

吉田喜重
おすすめ度:★★★★★
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私たちの行く末
おすすめ度 ★★★★★

 わたしはこの映画をタイムリーで劇場で観た。もし、印象を書けと言われれば、池波正太郎が「銀座日記」で書くように「主題も重厚だし、演出も素晴らしいと思ったが、先ごろ母を亡くし、老年に達したじぶんにとって、この映画の後味が、たのしいというわにはいかなかったのは当然だろう。」というほかない。私の祖母もボケていった老人の一人だった。一緒にニューヨークに行ったときも、ナイアガラの滝を見たときも、もうそこがどこかわからなかった。むかし、都城から遠く遠足に行ったときのことや呉服屋の娘で優雅な日々を送っていたことはいくらでもでるが、夕食を食べたのも忘れ、家の外へ出てしまい警察の方が家に連れてきてくださったこともあった。なにより、便意を覚えたときに便所でどのようにすればよいのか忘れ、手で拭いたこともあった。
 そういった人間と暮らしたものにとってこの映画は忘れられないものだ。とくに、息子の一言、こうなったら人間とはいえない動物のようなものだ、という言葉は忘れられない。よく、介護をしたことのないひとが人間の尊厳などということを平気で軽々しく口にするが、この映画が持つテーマは20年近い歳月が過ぎた現在いよいよ大きな意味を持ってきている。政府は老老介護の現状をどう見ているのか、役人は数字をコンピューターで計算するよりも、そこにある現実をどう理解するのか、そこには国家の品格も見え隠れしている。



人間は‘約束’できる存在なのか
おすすめ度 ★★★★★

重度の認知症となった老婆、タツは、時々、少女に返ってしまう。女であろうとする老姑に、嫌悪を感じてしまう嫁。また、タツの息子・依志男は、老いた母の裸体を見てしまった苦痛によって、若い女の肌を見ても、自然な情欲を呼び覚ませなくなる。
大学生の孫は、「人間もああなっちゃ、動物と同じだ。どこか施設に隔離するべきだ」と冷たく言い放つ。その言葉にショックを受ける、彼の両親である中年夫婦もまた、実は心の何処かで同じ事を考えていて、しかしそれを自分に対しても他人に対しても認める事が出来ないから、余計に苦しみ、さらには老親への憎悪さえ芽生えてしまう。老親への憎悪、それは自らの偽善に対する怒りと、区別できない感情でもある。
‘老い’は、自分とは別世界の出来事として眺めていられるうちは、優しく見守る事も出来るが、何かのきっかけでそれが、自分自身の人生の内へ、未来の内へと侵入してくると、人はそれに対して、より具体的に、憎悪という感情を抱いてしまう。そうした心の微妙な綾が、殆ど恐怖映画と言えるほどの、鬼気迫る演出で描かれている。
「‘人間’の約束」とは、最後まで‘動物’としてではなく‘人’として生きる為に交わされる約束。しかし人であるが故に、果たす事の出来ない約束でもある。果たせなかった全ての約束は、社会からも現実からも別れた、幸福な回想と夢との溶け合う非現実の世界の中でだけ実を結ぶ。揺らめく水鏡に映る、歪んだ自分の顔への恐れは、自身が水に溶けてしまう事で、救われる。タツの夫、亮作の失禁と、依志男が水を吐く場面は、そうした水の象徴性とも関わっていたように感じた。
一見、地味な社会派ドラマのように見えるが、その本質は、‘老い’と‘性’の相克を通して‘愛’の主題を抉りだした、人間の極限の姿を描いた作品だろう。



素晴らしい作品
おすすめ度 ★★★★★

老人性痴呆症をテーマということであまり気乗りがしないで見始めましたが、
まさに最後まで一気に、まったく退屈することなしに観る事が出来ました。
なぜか、を考えたのですが、監督スタッフが素晴らしく「映画としての画面」の定着、安定(奥行き)がまず、一切の余計なことを排除してくれるのです(または映像だけですべてを語ってくれる力があるのです)。
さらに原作、脚本が素晴らしい。ここまで素晴らしい脚本も最近では珍しいものです。
ついで役者の演技が素晴らしい。さらに細野さんの音楽が(当時まだYMOで活躍していたと思います)この映画のテーマにはぴったりなのです。
映画の中で、謎解きのように、最後にかけて三人のあいつが出てきますが、3人目のあいつとは誰か、を考えたときこの映画の普遍性が感じられることでしょう。夫婦、直系血縁関係の「縁」の貴さを感じさせてくれる作品です。地味なようですが見始めたら一気に引き込まれますよ。



親を安心して委ねられる社会福祉の向上を
おすすめ度 ★★★★★

認知症の両親を抱えた息子が必死の介護の末、母親の自殺を介助してしまう。安楽死は法的に及び道義的に許されることなのか。それともどのような事情があろうとも尊属殺人なのか。年老いた親を家庭で看るかあるいは施設など社会福祉に委ねるべきかについての見解も時代や文化背景によって異なることだろう。
 心身ともに疲れてしまって親も子も自滅してしまうよりは、社会福祉に委ねるのがよいという考えも冷静で理性的な意見のように思えるが、親の介護を社会福祉施設にお願いする場合、一番の気がかりは、親がその施設で幸せに過ごすことができているだろうかということである。丁寧な看護を受けることができているのだろうか、対応は手荒ではないだろうか、親は同室のかたたちと仲良くできるだろうか、何か問題は起こしていないだろうか、と常時心配になるものである。それなら兄弟姉妹分担・協力して自分達の目のより届きやすい家庭看護の体制にすればよいではないかと言われそうだが、事情がそれを許さない場合もあるだろう。いやはや二重・三重に迷いが生じ、どれがよい判断なのか決心がつきにくく困り果ててしまい、この映画のストーリーのような悲しい結末を迎えることもあるのかもしれない。親を安心して委ねられる社会福祉の向上を願う。
 登場人物のひとりひとりの立場や心情がとてもよく表現されていて、真面目に訴えかける作風であり、好感が持てる。



愛と醜悪
おすすめ度 ★★★★★

さながら地獄の餓鬼のようなボケ老人達に怪談を見るような震えを覚える。
頻繁に現れる失禁のシーン、老人の性を描くのは、真摯な態度だ。
愛と醜悪。人間の姿。


概要
東京の新興住宅地で寝たきりの老婆タツ(村瀬幸子)が死亡するという事件が起きる。自殺の形跡があったのだが、やがて彼女の夫・亮作(三國連太郎)が「自分が殺した」と自首してきた。しかし、亮作には明らかにボケの症状がうかがわれており…。

1960年代から70年代にかけて、松竹ヌーヴェル・ヴァーグやATG映画の旗手として実験精神の高い作品を次々と発表し、その名を知らしめた鬼才・吉田喜重監督が、痴呆性老人問題に真正面から取り組んだ骨太の社会派人間ドラマ。テーマがテーマだけに重苦しくなりかねない題材を、あくまでも透明感あふれる演出で貫きとおすことで、逆に問題提起を強く打ち出すことに成功している力作である。音楽は細野晴臣が担当。(的田也寸志)

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