恋の蛍 山崎富栄と太宰治
太宰には、美知子夫人による冷静な回想記があり、太田静子の側からは、娘治子の「明るい方へ」も昨年出版された。が作家と最期を共にした、山崎富栄には六冊の日記が残されたのみ。それもネガティブな反響の大きさにたじろぎ、朝日新聞は単行本出版を見送った。のみならず太宰の知人・評論家の多くが、彼女の日記を正しく評価せず、あたかも太宰が情死に引きずられていった的論評を公にした。
「それは妻ならぬ山崎富栄という酒場女との抱き合い心中であった。」野田宇太郎
「サッチャン(富栄の愛称)は知能も低く、これという魅力もない女だった。」臼井吉見
「太宰の死体には、首を絞めて殺した荒ナワが巻きつけたままになっていて、、」村松梢風
いずれも事実無根の中傷だが、山崎家は事件を恥じて沈黙をまもったから、富栄には以後不当なイメージが付いて回った。(これに反論し、山崎の地位回復をはかったのが「山崎富栄の生涯」と「玉川上水情死行」だが、私は読んでない)しかし松本さんの労作が出たことで、富栄の魂は多分に救われたのではないか。
本書は山崎富栄の長いとはいえぬ生涯を丁寧にたどっている。まじめで努力家の人柄、瞬時の新婚生活、愛情いっぱいの父親。それは堅実な世界であり、太宰の不健康な世界とは無縁なものだ。一方で時系列を同じくして、太宰の動向が併記されるので、二人の人生がどのように交差したか読者にははなはだ解りよい。太宰と知り合ったのちは、富栄の心情を、日記を基に解明していく。このあたり、みずみずしい感性と冷静な記述は見事で好感する。
本書の紹介は他の方が色々書かれているので、これくらいにして、私が強く思ったのは太宰の死は結局、結核の進行で肉体が崩壊しつつあったこと、創作に行き詰まったこと(この時期他人の手記・日記の利用が多い)、文壇に無用の喧嘩を売って孤立を深め、
何よりも稼ぎ以上の出費で、妻子を養うどころか、静子への送金もままならず、富栄の蓄えもとりくずし、経済的に破綻していたこと、要するに八方ふさがりだった状況によるものだ。(「斜陽」「人間失格」が俄然売れ出したのは皮肉にも彼の死後のこと)そこに太宰をひたすら支え、心中もいとわぬ優しく生真面目な富栄がいたということだろう。
さて、これほど多くの女性の人生を踏み台にして生み出された太宰の文学とはそれ程優れたものなのか?芸術といい文才といい、それは貴重なものではあるけれど、作家は何をやってもいいわけではあるまい。事件後、むさぼるように太宰の作品を読んだ山崎の父親がうめく。「こんな男に娘を、、、」
そう、周りの女性たちが払わせられた犠牲の大きさから見れば、彼の作品などそれ程のものとは思えない。
恋の蛍: 山崎富栄と太宰治 (光文社文庫)
若い頃にいくつも太宰を読んだが、作品の魅力に引き込まれながらも言いようのないけだるさに襲われ、その重さから抜け出すのに大変だった。幾度も心中や自殺未遂を繰り返した後、妻子や子を産ませた愛人を残して別の女性と心中したことで、「太宰はずるい」という印象が、ずっと離れなかったからだ。
この「恋の蛍」は、戦前戦中に日本の美容師の先駆けとして女性たちの美を創る、腕利きの専門職として期待されていた女性が、なぜ太宰と心中するにいきついたのかが、関係者の資料や聞き取り、著者の鋭い考察を交え、死の直前までの動向やその思いまで、冷静にまとめられている。
著者の文体は冷静であるがしかし、山崎富栄自身が太宰に出会ってからというもの、「作家の助手」という立場でどれほど愛情を膨らませていったかがけなげに伝わってきて、読み終えてからも切なくてならなかった。
この作品と平行して、太田治子の「明るい方へ」と、津島美知子の「回想の太宰治」を読むことをお勧めしたい。太宰をめぐって立場の異なる3人の女性達が、自分と子どもたちの「座」を守りながらどれほど苦しい思いで日々を生きていたかが、さらに切なくつたわってくる。
太宰を好きな女性なら、是非3冊をまとめて読んでみてください。
NHK ドラマ8 ふたつのスピカ <3 Disc Set> [DVD]
DVD化うれしいです!キャストも、ベテランと若手の役者さんのバランスが素晴らしいし、宇宙飛行士を目指すというストーリーも好きです。このドラマには、親子・仲間・幼なじみとの関係、恋、そして時には残酷な別れなど、青春時代に直面することが全て盛り込まれています。また、宇宙学校の中だけでなく、海、花火、夜店やプラネタリウムでのシーンも美しく撮られており、印象に残っています。ふたつのスピカを観て、"夢"を持つこと、一緒に夢を共有できる"仲間"がいることの素晴らしさを痛感しました。
残念ながらドラマの視聴率はあまり良くなかったようですが、本当に良いドラマなのにもったいないと感じていました。ぜひ多くの人に観てもらいたいです。