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ひかりごけ (新潮文庫)

武田 泰淳
おすすめ度:★★★★★
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私小説論としても成立している戦後日本人の批判小説
おすすめ度 ★★★★★

 「文学雑感」という随筆で、著者は大戦中、私小説に共感を持っていたことを語っている。

「在郷軍人会の幹部の演説、政府の声明、大臣の談話などが、いかにもそらぞらしく、無意味なものとして重くるしく立ちこめていた戦時にあっては、私小説作家の正直な記録は、たしかに救いであった。」(「文学雑感」より)

 戦中、公明正大に語られた大義の「言葉」がいかにいい加減で簡単にひっくり返ったか、という体験の下で、戦後の著者はこのような「言葉」を語る戦後の日本人に対する不信感を描いた作品を次々と書いた。人食裁判シーンで裁判所の人間全員を告発してみせる「ひかりごけ」のクライマックスは、「蝮のすえ」で敗戦直後の上海で軍の権力者だった男を殺してみせたと同様、一線を超えた告発の試みだといえるだろう。そういった視点でいうと、主人公の復讐を描いた「流人島にて」でも、エグイ復讐が遂行されることを指摘したい。

 そして、これらの作品では当然ながら「私」が主人公であり、大戦中に軟弱な内面を吐露した私小説作家達による、暴力的な復讐として読めるのだ。しかし、もちろん著者はそれがあくまで紙の上での想像上での暴力だという軟弱な点も、そしてこの暴力と戦中の暴力の間に何の違いもないことを知っている。こういったモチーフが最も完成された「ひかりごけ」において、かえって「私」がこういった暴力から超越的な語り手として存在していることは興味深い。(劇中劇としてこの小説を書いたという手法は、「苦肉の策」だったと作家は作品中で告白している。)

 武田泰淳は超一流の批評家だったが、作家としては「超」がつかない一流だったのだと僕は思っている。その紙一重はとても大きいが、それでも十分、彼の作品は今の時代の僕らを撃ち続けている。



閉じた社会での人間関係を良く描いている
おすすめ度 ★★★★★

 小さな世界で繰り広げられる人間模様が四編収められている。潮の香りや、日焼けした肌や汗の匂いを感じるような濃密な空気、戒律や上下関係に縛られた静謐な息苦しさ、因習に満ちた漁村・・・、閉じた社会の場面が浮かぶような克明な描写が印象に残る。
 表題でもある「ひかりごけ」は事実に着想を得て書かれたフィクションであまりにも有名だが、戯曲であることは知らなかった。しかし閉ざされた空間での濃密な人間関係という状況は共通している。むしろ極限の人間関係と言える。
 戯曲の形を取っているのは描写する事実の重さを少しでも緩和するためか、もしくはあまりの極限状態に置かれた主人公たちには内面を語ることのない本能しか残っていなかったからだろうか、そんなことを考えながら読んだ。裁判で食人の状況証拠が淡々と述べられる展開の中で、主人公の最後の発言は重く、人間の根元に訴えるものが感じられた。



罪と罰
おすすめ度 ★★★★★

私は、人間は「自己都合をつけたがる」本能を持っていると思う。
つまり、例えば欲求(ここでは食欲)を満たしたいと思えば、
普段だと食べ物に手を伸ばせばよいのだが
それが困難な状況では、人間は脳内で自分に合理的な理屈をこねくり回そうとするのである。
その理屈が合法的な範囲内ならば、それでもいい。
しかし合法的には不可能な場合はどうか。脳はどういう理屈を見つけ出すか。

「ひかりごけ」には、食料備蓄の全く無い、冬の隔離された小屋に閉じ込められた4人が登場する。
そのままいけば4人は共倒れとなってしまう。全員飢え死となるのか。
登場人物の1人の船長の脳内に、ある理屈が浮かんだ。
いや、全員生存は無理だが、生き残れる可能性がある。

その理屈=自己都合は、果たして正当か。
作者はそれを極限状態下と、救出された後の平常時と、2種類の状態から照らし出そうとする。
我々は法治国家で生活する以上、極限であろうと平常であろうと同じルールの支配を受ける。
その一般論と、船長が極限下で捻出した自己都合とのせめぎあいが、この作品の核となっている。

この問題はラスコーリニコフによっても提示されているが、どちらが正しいかは今の私にはわからない。
私も状況によれば、船長にも、ラスコーリニコフにもなる恐れをもっている。
ある角度から、ある瞬間にだけ光って見えるというひかりごけ。
見た者でないと、その光について語ることはできない。
我々は生きる以上、この命題から逃れられないかもしれない。



野火と読み比べてみて
おすすめ度 ★★★★☆

とても面白い本だと思います。特に、この中で出てくる校長先生のキャラクターには忘れがたいものがあります。
しかしこの本に関心を示す人であれば、是非に(まだ読んでなければ)、大岡昇平の『野火』も読むべきだと思います。扱う問題の種類としては、大岡の先を行く興味深さはありますが、『野火』の文章が持つ迫真力には及ばないようにみえます。
それでも、やはり節目、節目に思い出されるべき重要な作品であると思います。



常に己を振り返らなくてはならない
おすすめ度 ★★★★★

人を食べたことのある人の頭の上には光の輪が見えるという。

「人を食べる」というのはあくまで暗喩だ。

戦争中におきた事件を題材に展開される物語を通して、強烈に批判されているのは、自分が正しいを信じて疑わない人たちであると思う。

僕たちも常に己を振り返らなくてはならない。気がつかないところで人を食べていないかということを。


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