Little Red Record: Expanded Edition
72年発表の2nd。マッチング・モールのラスト作だが、前作発表後にデイヴ・シンクレアが脱退して、前作にもゲスト参加していたニュークリアスのデイヴ・マクレエ(p)が正式に加入した。
1.は浮遊するカンタベリー調の伴奏の上をオペラ調のヴォーカル/ハーモニーが交差する美しい曲。2.はハットフィールズ/ソフト・マシーンの延長線上のジャズ・ロック。フィル・ミラーのギターはやや単調な部分は感じられるものの正にそのままだ。歪ませたエレピもこの時代ならではだが聞き応えあり。3.はデヴィッド・アレン時代のゴングを彷佛とさせるが、ハットフィールズでも再演されている曲。7.はアコギをバックにした美しいヴォーカル・ナンバー。カンタベリー臭が濃厚なフォーク・ナンバーとも言うべきか?かなりの名曲である。
本作では前作に見られた緩さ (もちろんそれも魅力だが) がやや後退して本格的なカンタベリー・ジャズ・ロックにまで音楽性を高めている。特にフィル・ミラーのハットフィールズでの才能の開花が予見出来る内容であり、ニュークリアスでも特に個性的なプレイを聞かせているマクレエのプレイと合わせて聞き応えは十分。ワイアットが事故に合わなければマッチング・モウルがハットフィールズに成り得た可能性も十分に感じられる。それだけの名作である。
プロデュースはロバート・フリップ。イーノがシンセサイザー(VCS3)で参加しており、後のロキシー〜フリップ&イーノ〜イーノのソロ〜フィル・マンザネラ〜801のセッションの流れで見ても興味深い作品である。
1.は浮遊するカンタベリー調の伴奏の上をオペラ調のヴォーカル/ハーモニーが交差する美しい曲。2.はハットフィールズ/ソフト・マシーンの延長線上のジャズ・ロック。フィル・ミラーのギターはやや単調な部分は感じられるものの正にそのままだ。歪ませたエレピもこの時代ならではだが聞き応えあり。3.はデヴィッド・アレン時代のゴングを彷佛とさせるが、ハットフィールズでも再演されている曲。7.はアコギをバックにした美しいヴォーカル・ナンバー。カンタベリー臭が濃厚なフォーク・ナンバーとも言うべきか?かなりの名曲である。
本作では前作に見られた緩さ (もちろんそれも魅力だが) がやや後退して本格的なカンタベリー・ジャズ・ロックにまで音楽性を高めている。特にフィル・ミラーのハットフィールズでの才能の開花が予見出来る内容であり、ニュークリアスでも特に個性的なプレイを聞かせているマクレエのプレイと合わせて聞き応えは十分。ワイアットが事故に合わなければマッチング・モウルがハットフィールズに成り得た可能性も十分に感じられる。それだけの名作である。
プロデュースはロバート・フリップ。イーノがシンセサイザー(VCS3)で参加しており、後のロキシー〜フリップ&イーノ〜イーノのソロ〜フィル・マンザネラ〜801のセッションの流れで見ても興味深い作品である。
Matching Mole
このグループのことを語るのに、ソフト・マシーンの歴史を知らないといけないみたいな雰囲気があります。しかし、英国ジャズロックを代表する作品としてもっと気楽に聴いていいはずです。もともとロバート・ワイアットのソロ作として制作がスタートした経緯があるので、とてもパーソナルなニュアンスを与えるところがあります。彼の声、ドラミングが個性的であることもあるでしょう。ワイアットは、マッチング・モール期の不幸な事故により、ドラマー生命を絶たれますが、不世出のボーカリストとして80年代に存在感を増していきました。この世の不条理を全て純化するかのような声は圧巻です。
そんなワイアットをサポートする、デイブ・シンクレア、フィル・ミラー、ビル・マコーミックの演奏もまた実に素晴らしい(テクニカルという意味ではなく)。おそらく曲の半分はモチーフだけを決めておいた一発録りだと思います。彼らはハイスクール時代の友人だったり、兄弟だったりして旧知の仲ですから。「サインド・カーテン」の歌詞が面白くて「これが第一楽章…第二楽章…ここがコーラス…ブリッジ」と歌っています。曲はフリーキーなのに、どこか暖かさを失わないのはこうしたユーモアがあるからです。
ソフト・マシーンのことを知らなくても、ハットフィールドの前夜という捉え方もできるアルバムです。
そんなワイアットをサポートする、デイブ・シンクレア、フィル・ミラー、ビル・マコーミックの演奏もまた実に素晴らしい(テクニカルという意味ではなく)。おそらく曲の半分はモチーフだけを決めておいた一発録りだと思います。彼らはハイスクール時代の友人だったり、兄弟だったりして旧知の仲ですから。「サインド・カーテン」の歌詞が面白くて「これが第一楽章…第二楽章…ここがコーラス…ブリッジ」と歌っています。曲はフリーキーなのに、どこか暖かさを失わないのはこうしたユーモアがあるからです。
ソフト・マシーンのことを知らなくても、ハットフィールドの前夜という捉え方もできるアルバムです。