赤い密室―名探偵・星影龍三全集〈1〉 (名探偵・星影竜三全集 (1))
星影龍三は、正体がよく分からない探偵である。
長編では「りら荘事件」と「朱の絶筆」に登場するが、そのあまりの名探偵ぶりのため、登場から事件の解決までが非常に短い。
長編では、主役であるはずの彼が登場しない場面がえんえんと続くため、活躍の場はほとんど短編になってしまうことになる。
まあ、これは天才型名探偵の宿命であり、だから多くの長編に登場する金田一某とか神津某などは、実は凡人探偵だったのだ。
まあ、そのあたりは、作者側の事情がいろいろとあったとは思うが。
さて、本書はそんな星影探偵ものの短編全集であり、もう一冊の「青い密室」とペアになっている。
名探偵星影龍三と密室は、不思議と相性が良い。
それは、ミステリ最大の不可能犯罪が密室であるからだと思う。
あまりにも人間味が薄く、存在感に乏しいこの名探偵の好き嫌いは、かなりはっきりしている。
しかし、それと作品の面白さというのは、別次元の話しだ。
たとえどんなに探偵が嫌なやつだったり、鼻つまみものだったりであっても、それがミステリとしての作品の質の高さを損なうことはないはずだ。
そういう意味では、本シリーズに収録された著者の作品は、ミステリとしての質は最高である。
だから、探偵薬の好き嫌いにかかわらず、本格ミステリ好きには絶対のオススメである。
そして、これだけまとめて星影ものを読んでしまえば、もう星影に対する感覚は麻痺してくるだろう。
だから、純粋にミステリとして作品を楽しめるだろう。
そんな中でも「赤い密室」は、さまざまなアンソロジーに収録されているように、密室ものの傑作である。
物理的なトリックと心理的なトリックの組み合わせの妙は、まさに著者の独壇場である。
りら荘事件 (創元推理文庫)
現在の新本格派の作家諸氏に多大な影響を与えたと言われている名作です。次々起こる殺人事件が、それぞれ違った殺し方と違ったトリックが使われていて、正にトリックのオンパレード状態です。
よく言われている様に、登場人物の名前や状況設定がイマイチ不自然であるとかプロットの矛盾が指摘されているが、この作品は鮎川氏のお遊び本格なのではないでしょうか?星影龍三物は初登場作品「赤い密室」以降、いわゆる不可能犯罪を対象として書かれているのですが、「道化師の檻」「薔薇荘殺人事件」「悪魔はここに」等を見ても同じ様な傾向が分かると思います。鮎川氏にとって星影作品は、肩の力を抜いた言わばお遊び作品なのです。
しかし、手抜きではありません。「道化師の檻」や「薔薇荘殺人事件」「白い密室」などは短編ながら秀逸なプロットとトリックが使われていますし、本格推理短編の見本の様な作品です。そしてこの「りら荘事件」はその傾向をそのまま長編で表現したものでしょう。
そもそも本格推理と言うのは、作者と読者の知恵比べゲームなのです。作者は謎と手がかりを提示し、読者は頭を働かせ推理する訳ですが、その謎が大きければ大きいほど読者は期待を高ぶらせるのです。そして作者の種明かしをみて、やられたっ! となるのが楽しいのです。
そういう観点からこの作品を見ると、数々の殺人の謎と手がかりが最後にキチンと解明され殆んど破綻もきたしていないのは、この作品が非常に考え抜かれて書かれている証明でしょう。
1958年の発表ですので古臭い印象は拭えませんが、本格の巨匠、鮎川氏の傑作です。鬼貫物とは一味違った遊び心のある星影物の、数少ない長編の代表作と言えるでしょう。
黒いトランク (創元推理文庫)
1956年7月10日発表。御大鮎川哲也のデビュー作。実際はGHQに勤務の傍ら那珂川透、薔薇小路棘麿、青井久利、中河通、宇田川蘭子などの多々なる筆名を用いつつ、1950年に『宝石』の100万円懸賞の長篇部門に『ペトロフ事件』が入選しているので正確な意味での文壇デビューとはいえないかもしれないが・・・。
本作を読んで感じ入るのは単にプロットが精緻にできているということでなく、一文一文の文章表現ですら精緻で、深い教養をバックグラウンドに抱えているのが良く分かることだ。文体の美しさはまるで中島敦の『山月記』を読んでいる時のような気持ちになった。そして随所に出てくる傑作の情景、たとえば石川達三の『日陰の村』や北原白秋、なんとエラリー・クイーンのライツビィルまで飛び出してきて驚き・感激である。
傑作として生き残る作品というのは本作のようにすべてにおいて流麗華麗かつ精緻なるものなのだと感心してしまった。さすがである。
謎解きの醍醐味: ベストミステリー短編集 (光文社文庫)
巨匠・鮎川哲也の短編7編集めたもの。
・離魂病患者、夜の断崖、矛盾する足跡、プラスチックの塔、塗りつぶされたページ、緑色の扉、霧笛
基本的にシリーズキャラクタは登場せず、単独の短編の形をとる。どれも面白いが、個人的には冒頭収録の「離魂病患者」がお気に入り。トリック的には微妙だが、事件に関係する人物描写が巧みで、短編ながらどっぷりと作品世界に浸かれるという楽しみがある。さらに最後の最後に驚きの仕掛けも。本当に楽しませてくれる作品だ。
「塗りつぶされたページ」は、なんだかどこかのアンソロジかなにかで読んだことがあるような既視感がある(が、ちょっと思い出せない。特に上田交通の電車が出てくるあたりとか)。これも、丹念に謎を追いかけていく過程の描写に現実感があるあたりがよいと思う。当時ならではの社会風俗を垣間見れるというのにも、副産物的な楽しさがあるのだ。
ともかく本格好き、鮎川好きなら読んでおいて損はないでしょう。
黒いトランク 鬼貫警部事件簿―鮎川哲也コレクション (光文社文庫)
初めてこの作品を読みましたが、一つの事件の推理の過程をここまで徹底して書いてる作品って、そうそう無いと思います。けして派手な舞台設定ではないし、天才的な探偵が登場するわけでもないので、一見地味な印象を受けるかもしれませんが、甘く見てかかると大変な目に遭います。読み進めば読み進むほど、事件のデータが揃えば揃うほど、この小説の本当の底力が読者のみなさんの頭をぎゅうぎゅうと締め付けてくる音が聞こえてくるでしょう。(笑)オススメです!