神戸在住(2) (アフタヌーンKC)
主人公辰木桂とそれを取り巻く人々の日常を描いている。
特に、学校での様子は思わず自分の学生生活を思い出させるかもしれない。
また、作品内では何冊かの小説が登場するが、
それらを実際呼んでみるのも、おもしろい。
巨娘(1) (アフタヌーンKC)
アフタヌーンは創刊号から購読していますが、「神戸在住」はほのぼの過ぎて
性に合わなかったので全然読んでませんでした。ですがこの「巨娘」を読んだ時は
それまでの作者に対してのイメージが一気に塗り替えられて、それからは毎月
楽しみに読んでました。
主人公の「ジョーさん」は身長181cmのスタイル抜群な巨娘。焼き鳥居酒屋の
支店長にして優れた経営センスと無敵の破壊力を誇り、仕事に生活に欲望に、徹底的に
手抜きなく削岩機のように全てをこなし、ダメな仕事や人間など目障りなモノあらば
眼力で畏怖させ腕力で叩き伏し脚力で薙ぎ払い、そして仕事の後は大ジョッキ片手に
ヒロインで年上の美樹ちゃん(♂)をクマが人形を愛でるかのように折って畳んで
ひっくり返して味わい、舐りまくってます。
どんなダメダメな部下であっても、一度でも面倒を見る事が決まれば、どんなことが
あろうがあっさり見捨てて放任するような生優しいことはしません。
自宅に引き篭もって仕事から逃げようものなら、速攻で押し掛けて玄関のドアを
蹴破って首根っこ鷲掴んで引きずり出し、鉄拳指導にて生きる事の厳しさをみっちり
叩き込む。そして努力の跡が見えれば、たまにはさりげなくフォローもする人情も。
スジモンの脅し文句にも微動だにせず逆に怯えさせるほどの肝の据わりと、店を
任された者としての責任感の強さから、社長や同僚や部下から絶大な信頼と尊敬を
受け人望もぶ厚く、他人の助けなど一生涯無用な常に豪快に我が(王)道を突き進む
スーパー主人公の姿を読んでいると、「自分もこんなふうにゴリゴリ生きてみたい!」
と素直に思えました。
そのほかにも司法免許に楽々合格し、4桁の暗算を同時に幾つも瞬時に弾き出すほどの
天才的な頭脳を持ちながら、常に肉体的強者を求め、最大の目標=ジョーさんを倒す機会を
虎視眈々と窺う、出刃包丁使いで仕事の出来る優秀な片腕のトオル(♀)、普段は仕事のできる
おしとやかで可憐な淑女ながら、自らが惚れた男性にちょっかいを出す輩には紅蓮の殺意を
もって威嚇し戦慄させるサチさん、あとどうにも使えないポン子など超個性的で面白い
サブキャラも大勢居て、さらにはアンダーグラウンドでヤバイ世界などの描写もあり、とても
広く奥深い知識が得られますww
この本は特に職場のグダグダな後輩や部下の扱いに悩んでおられる方々にぜひオススメです。
腐りきった人間に丁寧に根気よく教えてあげるなんてのはまさしく愚の骨頂!これ読んで
ジョーさんを見習って、些細構わずムカつく点があれば間髪いれず思いっきりブッコロして
そのだらけた身体に礼儀と常識を徹底的に叩き込んでやりましょう。
そして良い仕事が出来るようになったら、さりげなくフォローしてやってあげましょう。
巨娘(2) (アフタヌーンKC)
やっと入手。案の定ずば抜けて面白い。
とにかく「彼ら」にまた会えた、ってのがただひたすらに嬉しい。
読んでると、なんだかわからないけどやり場のないやる気が
ムリムリと湧いてくる。なんだかわからないけどバリバリこなしたい!!
仕事でも家事でも、多少面倒でため込んだり後回しにしてしまったことを
ワーッと片っ端から「処理」仕切ってしまい!!(やらないけど)。
「パワフル」であること、「大人」として「パワフル」であることは
こういうことだ、と思う。こういう生き方も(巻き込まれる方は覚悟が必要だが)
なかなか良さそうに思える。
読んでて思うのは、マンガって「キャラ」大事だなあ、という当たり前のこと。
彼ら(ジョーさんだけでなく、ポン子も含め)の言動に接していると、なんか
わからんがうれしくなる。虚構のキャラクターとはいえ、その存在感は
確かなもので、「自分の知らないところで、確かに生きている人たちが居るのだ」
という実感は、世界の豊かさを再認識させてくれる。
この人なら確かにこう言いそう、こいつなら確かにこういう反応しそう、
あるいは、なるほどこの人こんな過去があったから今の性格なのね、とか。
キャラががっちり立ってるから、ただその言動を見ているだけで
うれしい。そんな感じ。
ジョーさんには世界はどんな風に見えているのだろう。
俺はどんな風に見えるだろう。
あの半眼でこの俺の駄目な生きざまをボコボコに、ザクザクと、ズタズタに
踏みにじってほしい、と思うのはマゾすぎか>自分。
いつか、どこかで、死の間際に追い詰められた時、
「宝島」のグレーの如く、俺は呟くだろう。
「ジョーさん…あんたならこんな時、どう切り抜ける?」
神戸在住(4) (アフタヌーンKC)
主人公である桂には桂が子供のときから飼っているたんぽぽという猫がいます。
たんぽぽはある日突然息を引き取ります。
しかも、桂はなかなかその事実を認められないのです。
桂はそしてそんな自分を責めるのです。
日常のほんの些細な出来事の中での心の機微をていねいに描く作者だけに、この出来事を巡る桂の心の描写には殊に心を動かされました。
このシーンを何度読み返し、涙にくれたことだろうか。
からん(6) (アフタヌーンKC)
これほど何度も繰り返して読んだ漫画は初めてでした。おかげで単行本はボロボロになってしまい、保存用にもう1冊づつ揃えなければいけないなと思っていた矢先…。
事情は知る由もありませんが、ビジネス優先の打ち切りだとしたら、悲しすぎますね。
いつかどこかで、再開されることを祈っております。