光媒の花 (集英社文庫)
本を読み終えたとき、思わず「いい小説だった…」とつぶやいてしまった。
6つの物語から成っている。
それぞれの物語の登場人物は、お互いどこかでつながっている。
登場人物たちは、若かったり、年老いていたり、子どもだったりするが、
それぞれにさまざまな事情を抱えて生きている。
それは罪の重さであったり、過去への悔恨であったり、
現在への不安であったり、家族へのゆがんだ感情であったり…
そんな普通の、弱さを抱えた人たちの6つの物語。
彼らを儚く彩るように、目立たないが美しい花や蝶が
寄り添うように登場する。
それらが、傷と弱さを抱えた登場人物たちを、そっと見守る
著者自身の姿と重なるのは、気のせいだろうか。
静かに、その物語の中に身を沈めるように読める、
そんな珠玉の1冊である。
カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)
ふとしたことから借金をつくり闇金融と係わりをもつ詐欺師、タケ。
そのアパートへ転がり込んでくるカギやのテツさん。
ミステリーと思いきやハードボイルドでサスペンスな勢いで物語は走り出します。
カラス>玄人、親指>お父さん。
おもわせぶりなタイトル「カラスの親指」の意図するところは
会話のなかで何度か語られますが
読者は納得した気分でそのじつ まんまと何度も騙されます。
仕掛けが大きいので、映画を観ているように場面が二転三転し
深く考える間もなくどんどん物語に取り込まれ.....
いつのまにか作者の術にハマっていた自分を
妙なすがすがしさと透明感のあるラストのなかに見つけます。
読後の良い秀作のミステリーです。
月と蟹(韓国本)
あなたは10歳の頃何を考えてましたか、と聞かれてすらすらと答えられる人はなかなかいない。断片的に覚えているとしても、今度はそれが12歳なのか8歳の記憶なのかの区別がつかない。道尾さんは少年の心を覚えているのか、世の中が微妙にわかり始めて、でもまだ子供らしい残酷さを残す年頃の心のひだを、繊細に描き出していく。
そんな筆者にほだされて、たぶん多くの人が慎一に感情移入しながら読み進めるのだろう。慎一を思えば切ない。父を亡くした悲しみが癒えてないだけでも切ないのに、母は恋人をつくり、親友は虐待され、気になる娘は友達に笑いかける。やがて孤独な心は暴走を始め、ここに至って道尾さん得意のサスペンスが展開される。筆者は恐怖を操り、最終盤に慎一が恐怖に耐えられなくなるまで続く。
道尾さんが珍しく文学してると思ったら意外なところから恐怖が飛んでくる。それに耐えられなければ後味の悪さが残るのだろうが、私は恐怖を操る道尾さんの技術を秀逸と思った。
龍神の雨 (新潮文庫)
人に想像、感違いが事件を生むという著者得意の構成の小説。その構成は愛読者なら分かっているものの、その仕掛けのうまさに最後まで読み進む形になる。今回は雨(龍)がそのキーワードになるが、全体が湿気に富んだ鬱蒼とした感覚に包まれており、そのじめっとした感覚の犯罪が展開する雰囲気を高めている。
龍が象徴するものは何かいろんな解釈が可能かという感じがする。