残りの雪 (新潮文庫)
京都への旅行や箱根の宿の日帰り利用など不倫の遊び方のお手本になるような小説。実際、手本になってきたのかもしれない。越後湯沢の雪以外なにもない温泉に籠もった日々を絵巻物、と形容するのが感慨深いものがあった。不倫が多くなってしまう成人の恋愛を扱うと、どうしてもそういうものがふさわしくなる。「犬を連れた奥さん」もこおろぎの声だけがする無声映画にするのがふさわしく思えたこともあった。
さて本筋とは違うのかもしれないがこの小説でもっとも感銘深かったのは中絶の手術を受けた主人公が寿司一折とケーキ3つとお茶100グラムを買って帰るところだ。なんとなくこの3品以外にふさわしいものはないほど似つかわしいし、これほど細かく指定されているというのは作者も供養などの意味をもたせているはずだ。これを買った帰り道の乾いた感じが伝わってくる。お腹が空いているので寿司はおいしかった、とされている。傷ついたことと疲れが伝わってくる。立原正秋についてはよく知らないのだが食通として知られた人のようだ。なるほどというところ。ほかに食べ物に薀蓄を傾けたシーンも多かったが、ここが一番よくできていると思う。しかし何よりその前に、大人同士なのだから避妊したらいいのにと思うのだが。昭和40年代末だったら現代と避妊知識方法にも差があるのだろうか?
ところで主人公の相手は友だちの元カレという設定である。しかもその友だちを介して知り合っている。そして怒った友だちは悪者になっている。現代では主人公はこの点で特に女性からおそらく共感を得にくいと思う。昔は女同士の関係というものがこの程度に認識されていたという歴史資料としての意味すらあるが、これほど女性の心の動きをよく知っている人なのに、もう少し別な設定はなかったのだろうか。
情炎 [DVD]
喜重監督の映画タイトルには、「水」とか「鏡」とか「氷」などと透明感を感じさせる文字がよく使われるし、「人間の約束」でも水鏡が印象的な小道具として使われた。
ポルノにもありそうなテーマの本作を凡百の類似品と分かつ点は、そのような文字で表現されるような瑞々しい空気感にある。
「いまどきの若者」みたいのが出てくると笑ってしまうのは、他の作品でも同じだった。
美食の道 (グルメ文庫)
立川の好きな食べ物や季節の食べものについて書かれていますが、
軽やかな口調と、描写力に引き込まれて、
あっという間に読んでしまいました。
まだ、自然破壊が問題とならなかった時代にて、
どんなに、美味しかったのだろうと想像します。
春の鐘 (上巻) (新潮文庫)
私はこの小説の舞台奈良に住んだことがあります。
まさに小説の舞台である近鉄奈良近辺に3年あまり住んでいました。
そのころ見合い結婚してわたしは24歳(そのころは24歳までに結婚するのが女の花道とされていました、古い時代です。25歳でもう売れ残りのクリスマスケーキだのオールドミスだのとよばれたんですから)
でも夫と二人暮らしでしたが新婚の喜びなんてまるでなく、「新婚が楽しいなんてだれがいいった」とつぶやく毎日でした。
あのころの遠い記憶と小説が重なり、感慨深い小説です。
わたしもその夫とわかれ、別の人と恋愛して(いまの夫)別の人生をあゆんだので
ヒロインの見合い結婚した夫に対する覚めた気持ちや嫌悪感、その後出会った恋人に対する激しい情熱がわかるのです。
まるで失われた青春をとりかえそうとするかのように、
親の方針に従って、嫁にいった反動から、自分が女であることを確かめようとするかのようなヒロインの新しい恋に対する激しい情熱が、わかる気がするのです。
また奈良ははっきりいって住むと退屈な町ですが、小説ではその史跡や風情が美しく歌われ、
小説を陰影深くしています。
冬の旅 (新潮文庫)
主人公が少年であるので、立原にはめずらしく女の情念がドロドロしてこない。主人公は大人びていてちょっとかわいげがないともいえるが、厳しい自らの生をまっすぐ見据えて立つ姿勢は見事。身を切るように冷たい中で、清澄な輝きを見せる冬の早朝のような読後感だった。とくに中・高校生から大学生に薦めたい。