生きてゆく力 (新潮文庫)
書き残したものは、自分だけが持つ貴重なデータであると「忘れないために」まえがきがある。
戦前の高知での命がけの貧しさと人情を思い起す。女子衆(家で雇っていた女の人たち)に戦後声をかけても知らん顔をされるショックを書く。
運命を受け入れるとは、自分家のなす業に関してだ。仕込みっ子たちと姉妹のように育ったこと、素人の世界へ脱出できなかった子、苦界を流され続けた子、ドリの犬小屋で泣いた日。
人生の豊かさと出会いの不思議さを思う。そちらで契り、こちらで縺れ、時には憎らしく、時にはいとしい男・女・人間。その中で苦労を血肉にする生き方。女の底力、居直る勇気。
小説と家事の深い関係とは、自由な精神の飛翔する作家生活と現実に根を下ろす主婦の生活。家事は頭を空白にする時間、居心地のよい家庭のあることが最高の条件。
食べ物の記憶では、満州で温突で煮たじゃがいも、終戦直後の難民収容所での高粱粥。引き揚げて帰った高知でリヤカーに乗せて野菜を売りに行ったこともある。
失われたものへの愛着としては、薫風素肌に心地よい季節には下駄がいい。歯を替え打ち直しで繰り返し使う。お手玉、まりつきの数え唄。円熟の作家の人間観と普段着の顔がある。
序の舞 [DVD]
お馴染み宮尾作品の映画化。高知物ではなく舞台は京都です。
母親が一人で守る京の葉茶屋に生まれた津也。絵の才能があり、美術教師の勧めもあって入塾したのは松渓画塾。日本画の大家の元で絵を習い、新人画家としてデビューします。その後は宮尾節が炸裂で、母娘の苦悩が始まります。
流石に名取裕子も若いです。ただ鬼龍院や陽暉楼に比べ、少しばかり地味かも知れません(監督も違います)。特殊な世界の構造や、津也の絵に対する情熱や葛藤が見ものです。京都弁のはんなりした雰囲気も良く出てます。しかし感情移入出来るかどうかは微妙な所。津也に何処まで同情・共感出来るかにかかってます。私は無理でしたが映画としては楽しめました。
島村松翠の半生としているものの、実在の画家上村松園をモデルにし、作中の作品も彼女の物。因みに序の舞とは能の用語。宮尾作品のタイトルはいつもインパクトがあって秀逸です。
最近の時代物は映像が鮮明過ぎ、「古き良き時代」のニュアンスが欠けている感じがします。明治期からの時代感を味わうにはいい作品です。
仁淀川 (新潮文庫)
冒頭に敗戦で乞食同然の姿で満洲より引揚げて来た綾子が、清冽な仁淀川の水の豊かさを見て、満州の水の汚さ、少なさと対比して感動に立ち尽くす場面は印象的だ。
厳しい父岩伍から逃れたい一心で夫に従い満州に渡ったのだが、引揚げまでの苦労は極限状態で、帰って来て岩伍にもう我儘は言わず何でも働くと誓い、反発していた気持ちに変化を見せる。
だが今度の物語では夫要の実家である山間部の農村が中心となり、田舎の因習の深さとそこで生きる姑いちのたくましさの前では、吹けば飛ぶよな存在である事を思い知る。
良きにつけ悪しきにつけ実の子ではない綾子に、強い影響を及ぼした父岩伍と母喜和だったが、最後には相次いで亡くなると悲しみの後は、呪縛から解き放たれた綾子は伸び伸びと羽ばたける気持ちになる。
「櫂」→「春燈」→「朱夏」→「仁淀川」と続いた綾子が主人公の宮尾登美子の自伝小説はこの先離婚、上京と作家への道が暗示されるが、人の事を書く以上、自分のこともさらけ出さねばという決心で書き始めたという思いが伝わり、綾子の更なる物語を期待してしまったのは私だけだろうか。
宮尾本 平家物語〈4〉玄武之巻 (文春文庫)
やっぱり『平家物語』はせめて4巻くらい、この世界にどっぷりと浸らないと面白くないです。
平家滅亡という時代の波に飲み込まれそうになりながらも、時子や明子たちが抗う姿がよかった。
時子の天皇と親王を入れ替えたところは、”時子ならやるかもしれん!”と思えたので面白く読めた。
教経の武勇伝などがもっと書かれていたら壇ノ浦は盛り上がったと思う。でも、正直、面白かった。二巻からは一気に読めました。
藏 [DVD]
降旗康男監督の、透明感ある映像と、さだまさしのスケールの大きな音楽(ロシア民謡を取りいれた酒仕込のBGM)の中で、蔵のストーリーは繰り広げられます。
旧家の後継ぎに恵まれない家の当主意造とその妻賀穂、最後に授かった娘・烈は盲目になっていく。賀穂の妹で、烈の世話を母親代わりに育てた叔母・佐穂は後添いになる心つもりだったが、義兄は花街から若い芸奴を後妻にして佐穂の想いは閉ざされてしまう。美しく賢く育った烈を見て「盲目でなかったらどんな婿でも取れたのに」と苦悩する意造の予想を裏切って、烈が恋い慕ったのは身分違いの蔵人の涼太だった。周囲の猛反対を押し切って、烈は想いを遂げてめでたく涼太と結ばれる。意造も佐穂と暮らすようになり、ストーリーは大団円を迎えます。
ここに出てくる人々は、今の日本人が忘れた「真摯」「謙譲」「忍耐」などの美徳を彷彿とさせます。見終わった後に一服の清涼剤を飲んだ気持ちになります。