チェチェン問題に取り組んでいるロシアの著名なジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤの本です。
ポリトコフスカヤは、ロシアの雑誌「ノバヤ・ガゼタ」の記者です。これまで何度もチェチェンに入り込み、傷つけられた人々の取材をしてきました。ロシア政府がチェチェンへの出入りを厳しく制限している現在、彼女はチェチェンの内部を知ることができる本当に僅かな希望のかけらです。
この本は、彼女が「ノバヤ・ガゼタ」誌に書いてきた記事の英語訳です。もともとはロシア語の本としてまとめられたものです。2003年に英語訳が出版される際に、ノースウェスタン大学の教授Georgi Derluguian氏による25ページの序章がつけられ、またポリトコフスカヤによる後書きも足されました。Alexander BurryとTatiana Tulchinskyの二人が翻訳を担当しています。
ポリトコフスカヤは、チェチェンの一般市民の声を取りこぼさないように懸命に聞き取ろうとします。この本の中でも、たくさんの人の過去が記されています。
彼女が立つ場所は、ロシア政府でも独立派武装勢力でもなく、争いの中で生きるために苦しみ続ける人々の側です。
この本は独立派の見解を示すものでも、ロシア政府の方針を分析したものでもありません。ともすればチェチェンには、ロシア軍とチェチェンの武装勢力の２勢力しかいなくて、彼らが互いに対して攻撃しあっているような印象を受けますが、その影で忘れられた人々の記録です。そしてその記録は信じたくないようなものばかりです。
ロシア軍の暴挙や武装勢力が行う略奪の数々が、被害者の視点から生々しく語られます。度重なる攻撃によって荒れ果てた建物での生活、もはや人が住まなくなった町、突然いなくなる人々、そしてこの本で取り上げられた人々の多くが帰らぬ人となっているという事実は、簡単には受け入れがたいものです。
本を読んでいる途中で目を上げ、自分の部屋や電車の窓から平穏な街並みが目に入ると、チェチェンと東京のあまりの差に、頭が機能を停止しそうになりました。
悲しい事実が詰まっていて読むのがとても辛い本です。けれども、チェチェンで起きている争いがどんな悲劇を生んでいるのかを知るために、ぜひとも読んで欲しい一冊です。