此の虫十万弗 [DVD]
*【以下結末に触れています】
度重なる公演の失敗で、10万ドルもの負債を抱え込んでしまった興行師ジェリー・フリン(ケーリー・グラント)。ついには、自分の劇場まで手放さなくてはならなくなり、その期限が迫っていることで頭が一杯のフリンは、気分転換に街に散歩に出かける。途中で、フリンは偶然ピンキー(テッド・ドナルドソン)という少年に出遭い、彼の宝物―踊るイモ虫カーリー―を見せてもらう。興行価値ありとみたフリンは、この「踊るイモ虫」で起死回生を狙うのだが…。
シャーリー・テンプル主演の『可愛いマーカちゃん』(1934)や『天国から来たチャンピオン』(1978)のオリジナル『幽霊紐育を歩く』(1941)など、ハートウォーミングな作品を得意としたアレクサンダー・ホールによるファンタジーの佳作。ささやかでチャーミングという形容が最もふさわしい作品だ。
作品は、「最近、私はある人からある話を聞きました。それは、心をポッと暖めてくれる話でした。私と同じように、みなさんもこの話に心が暖かくなるでしょう。それでは、始めます。"Once Upon A Time…"(昔々…)」という、まるで絵本の出だしのやさしい語りかけのような字幕とともに始まる。これだけで、これがおとぎ話―あるいは、戦争で世界が殺伐としていた当時における寓話―であるということがわかる。ユーモアとやさしいムードに溢れたホール監督のおとぎ話の始まりだ。
元々、ルシール・フレッチャーの短編小説をノーマン・コーウィンがラジオ・ドラマ化したものだったとのことで、当然、その時は、カーリーは文字や声によって表現されていたわけだが、映画となるとそうはいかない。実体としてのカーリーを映像で見せなくてはならないからだ!しかし、ホール監督は、直接、カーリーを見せることは陳腐になりかねないと判断したのだろう、あえて、カーリーの実体は見せない演出を選んだ。現在ならば、踊るイモ虫カーリーをCGなどのVFXを駆使してみせるところだろうが、ここではカーリーが入れられた靴箱(ピンキーのお手製である)を見る人間側のリアクションだけで、カーリーの存在を表現するという、小説やラジオに倣った、想像の余地を残した賢明な演出をしている(似たような演出は、「怪獣の登場しない怪獣映画」、『大怪獣 東京に現わる [DVD]』でも試みられた)。唯一、パイロットが自分の戦闘機の側面に、カーリーの絵を描いてみせるが、それはご愛嬌。見せないこと、あるいは見えないことで、この作品のテーマである、目には見えないもの―カーリーは、「夢」や「希望」の象徴だろう―を信じることの大切さということが、より大きく明快に伝わってくるというわけである。ふとサン=テグジュペリの童話『星の王子さま (岩波少年文庫)』の有名な一節「大切なものは見えないんだよ」を思い出す。
ケーリー・グラントが初めてカーリーを見るリアクションが素晴らしい。端正な顔立ちのグラントではあるが、コメディ的な間の取り方、表情や動きがとにかく絶妙だ。ピンキーに促されて、半信半疑で箱を覗きこみ(帽子をあみだにして)、「オヤ?」という感じで顔をあげる。これが、まさに川本三郎氏が、グラントの得意の表情として命名した「サプライズ・ルック」(『ハリウッドの黄金時代 (中公文庫)』所収)そのもの。目を丸く見開き、薄く口を開ける邪気のない表情。双葉十三郎氏の言葉を借りると、「ハリウッド製二枚目半」ということになるが、グラントのシリアスながらユーモア溢れるコメディ的要素を含んだ演技は、彼特有のものだろう。彼の存在なしには、この作品が成り立たないのは間違いない。
踊るイモ虫を疑っている昆虫学者3人が、新聞記者たちを集めてカーリーの公開実験をする場面も、ホール演出の真骨頂ともいうべき幸福感に満ち溢れている。ピンセットで箱から取り出したカーリーにさまざまな実験をしてみるのだが(キャメラはカーリーを写さないように細心の動きをする)、ピンキーの吹くハーモニカに合わせてカーリーが踊り出すと、博士たちも、グラントのようにサプライズ・ルックになり、続いて、カーリーがあまりに楽しそうに踊るので、その楽しさが伝染したように、自然に笑みがこぼれ、思わず肩を左右に振ってリズムを取ってしまうのである!(ここでも、すべて人間側のリアクションのみで示される)さらにそれは、居合わせた新聞記者たち全員にも伝染しまい、実験室がとたんに幸福感に包まれるという奇跡のように素敵な場面となっている。
一躍、話題の虫となったカーリーに、ディズニー社(!)から買収の申し入れがあり、フリンは、自分の負債と同額の10万ドルで売ろうとする…といったように、物語は新たな局面を迎える(後半はグラントのシリアスな演技が中心になる)。当然、ピンキーは承知しない。ついに2人の友情は壊れ、カーリーも靴箱の中から消えてしまい、どうなるか?ということになるのだが、ピンキーの友達たちによる「カーリー・クラブ」(カーリーのイラストをプリントした服を着た子どもたちが、フリンを取り囲んでピンキーのもとへと強制誘導する微笑ましい場面)の仲裁もあって、ある「奇跡」が起こり、作品は当然、ハッピー・エンドへと向う。冒頭の字幕通り、ホール監督らしい「心をポッと暖めてくれる」終幕であり、それは、まさに"They Lived Happily Everafter"ともいうべき、おとぎ話にふさわしい至福の瞬間の訪れである。
本DVDは、35mmマスター・ポジよりHDテレシネされたマスターを使ったもの。レストアもされたようで、キズ、ホコリ、ゴミなどが取り除かれ、白黒の諧調も良い画質だ。音声も明瞭。特典には、関連作品の予告編集が収録。日本では、VHSもLDも発売されなかっただけに、非常に貴重なパッケージ・ソフト化と言えるだろう。
度重なる公演の失敗で、10万ドルもの負債を抱え込んでしまった興行師ジェリー・フリン(ケーリー・グラント)。ついには、自分の劇場まで手放さなくてはならなくなり、その期限が迫っていることで頭が一杯のフリンは、気分転換に街に散歩に出かける。途中で、フリンは偶然ピンキー(テッド・ドナルドソン)という少年に出遭い、彼の宝物―踊るイモ虫カーリー―を見せてもらう。興行価値ありとみたフリンは、この「踊るイモ虫」で起死回生を狙うのだが…。
シャーリー・テンプル主演の『可愛いマーカちゃん』(1934)や『天国から来たチャンピオン』(1978)のオリジナル『幽霊紐育を歩く』(1941)など、ハートウォーミングな作品を得意としたアレクサンダー・ホールによるファンタジーの佳作。ささやかでチャーミングという形容が最もふさわしい作品だ。
作品は、「最近、私はある人からある話を聞きました。それは、心をポッと暖めてくれる話でした。私と同じように、みなさんもこの話に心が暖かくなるでしょう。それでは、始めます。"Once Upon A Time…"(昔々…)」という、まるで絵本の出だしのやさしい語りかけのような字幕とともに始まる。これだけで、これがおとぎ話―あるいは、戦争で世界が殺伐としていた当時における寓話―であるということがわかる。ユーモアとやさしいムードに溢れたホール監督のおとぎ話の始まりだ。
元々、ルシール・フレッチャーの短編小説をノーマン・コーウィンがラジオ・ドラマ化したものだったとのことで、当然、その時は、カーリーは文字や声によって表現されていたわけだが、映画となるとそうはいかない。実体としてのカーリーを映像で見せなくてはならないからだ!しかし、ホール監督は、直接、カーリーを見せることは陳腐になりかねないと判断したのだろう、あえて、カーリーの実体は見せない演出を選んだ。現在ならば、踊るイモ虫カーリーをCGなどのVFXを駆使してみせるところだろうが、ここではカーリーが入れられた靴箱(ピンキーのお手製である)を見る人間側のリアクションだけで、カーリーの存在を表現するという、小説やラジオに倣った、想像の余地を残した賢明な演出をしている(似たような演出は、「怪獣の登場しない怪獣映画」、『大怪獣 東京に現わる [DVD]』でも試みられた)。唯一、パイロットが自分の戦闘機の側面に、カーリーの絵を描いてみせるが、それはご愛嬌。見せないこと、あるいは見えないことで、この作品のテーマである、目には見えないもの―カーリーは、「夢」や「希望」の象徴だろう―を信じることの大切さということが、より大きく明快に伝わってくるというわけである。ふとサン=テグジュペリの童話『星の王子さま (岩波少年文庫)』の有名な一節「大切なものは見えないんだよ」を思い出す。
ケーリー・グラントが初めてカーリーを見るリアクションが素晴らしい。端正な顔立ちのグラントではあるが、コメディ的な間の取り方、表情や動きがとにかく絶妙だ。ピンキーに促されて、半信半疑で箱を覗きこみ(帽子をあみだにして)、「オヤ?」という感じで顔をあげる。これが、まさに川本三郎氏が、グラントの得意の表情として命名した「サプライズ・ルック」(『ハリウッドの黄金時代 (中公文庫)』所収)そのもの。目を丸く見開き、薄く口を開ける邪気のない表情。双葉十三郎氏の言葉を借りると、「ハリウッド製二枚目半」ということになるが、グラントのシリアスながらユーモア溢れるコメディ的要素を含んだ演技は、彼特有のものだろう。彼の存在なしには、この作品が成り立たないのは間違いない。
踊るイモ虫を疑っている昆虫学者3人が、新聞記者たちを集めてカーリーの公開実験をする場面も、ホール演出の真骨頂ともいうべき幸福感に満ち溢れている。ピンセットで箱から取り出したカーリーにさまざまな実験をしてみるのだが(キャメラはカーリーを写さないように細心の動きをする)、ピンキーの吹くハーモニカに合わせてカーリーが踊り出すと、博士たちも、グラントのようにサプライズ・ルックになり、続いて、カーリーがあまりに楽しそうに踊るので、その楽しさが伝染したように、自然に笑みがこぼれ、思わず肩を左右に振ってリズムを取ってしまうのである!(ここでも、すべて人間側のリアクションのみで示される)さらにそれは、居合わせた新聞記者たち全員にも伝染しまい、実験室がとたんに幸福感に包まれるという奇跡のように素敵な場面となっている。
一躍、話題の虫となったカーリーに、ディズニー社(!)から買収の申し入れがあり、フリンは、自分の負債と同額の10万ドルで売ろうとする…といったように、物語は新たな局面を迎える(後半はグラントのシリアスな演技が中心になる)。当然、ピンキーは承知しない。ついに2人の友情は壊れ、カーリーも靴箱の中から消えてしまい、どうなるか?ということになるのだが、ピンキーの友達たちによる「カーリー・クラブ」(カーリーのイラストをプリントした服を着た子どもたちが、フリンを取り囲んでピンキーのもとへと強制誘導する微笑ましい場面)の仲裁もあって、ある「奇跡」が起こり、作品は当然、ハッピー・エンドへと向う。冒頭の字幕通り、ホール監督らしい「心をポッと暖めてくれる」終幕であり、それは、まさに"They Lived Happily Everafter"ともいうべき、おとぎ話にふさわしい至福の瞬間の訪れである。
本DVDは、35mmマスター・ポジよりHDテレシネされたマスターを使ったもの。レストアもされたようで、キズ、ホコリ、ゴミなどが取り除かれ、白黒の諧調も良い画質だ。音声も明瞭。特典には、関連作品の予告編集が収録。日本では、VHSもLDも発売されなかっただけに、非常に貴重なパッケージ・ソフト化と言えるだろう。