雨のよるに
カワイイ声なのに音圧があって、素朴なのに表情豊かでセクシーな声に癒されまくりです。
作詞家、作曲家としても、素晴らしいです。情景や色のセンス、ことばが美しいです。
ゆったりとした曲が多いのに、快活に元気になれます!!
この録音の音質はかなり良いです。でもライブで聴く歌声は、もっと芯があって音圧があって、心に響いてきます。
ライブで聴く弾き語りは鳥肌ものです!!
作詞家、作曲家としても、素晴らしいです。情景や色のセンス、ことばが美しいです。
ゆったりとした曲が多いのに、快活に元気になれます!!
この録音の音質はかなり良いです。でもライブで聴く歌声は、もっと芯があって音圧があって、心に響いてきます。
ライブで聴く弾き語りは鳥肌ものです!!
クライマーズ・ハイ [DVD]
とてもいい映画だと思います。
絵作りはしっかりしているし、俳優さんもビシっと決まってる。
変に泣かせる演出もない。脚色の程度は分かりませんが、新聞屋の熱さもいい。
ので良いとは思うのですが
社内の人間関係が分かり難い点、悠木と安西の息子、悠木の息子(85年と2007年)の描き方と言うか描く必然性、悠木と社長の件の必然性など
ん〜?と思う点も有ります。多分、原作やTVドラマ版では丁寧に練りこんであるんだとは思うのですが
映画だけだとイマイチ、、、んー?って思ってしまいます。
絵作りはしっかりしているし、俳優さんもビシっと決まってる。
変に泣かせる演出もない。脚色の程度は分かりませんが、新聞屋の熱さもいい。
ので良いとは思うのですが
社内の人間関係が分かり難い点、悠木と安西の息子、悠木の息子(85年と2007年)の描き方と言うか描く必然性、悠木と社長の件の必然性など
ん〜?と思う点も有ります。多分、原作やTVドラマ版では丁寧に練りこんであるんだとは思うのですが
映画だけだとイマイチ、、、んー?って思ってしまいます。
墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便 (講談社+α文庫)
普段は書籍へのレビューは書かないことにしているのだが。そして何より、既に数々の素晴らしいレビューが投稿されているので、今さら自分が何を書くまでもないと思いつつ。
本作を読了してあまりの衝撃と感動を受けたので、拙い言葉ながらも自分の感じたことを書き残しておきたいと思い、これを書く。
自分がこの本を購入したのは5年近く前のことだった。しかし、今日に至るまでどうしても読むことが出来ずにいた。
日本航空123便墜落事故が起きた1985年、自分はまだ小学校にあがる前で、当時の事はあまり覚えていない。ただ、毎年夏になると報道される慰霊登山の様子などを気に留めながら、「たいへんな航空機事故が以前に日本で起こったんだ」といった程度に意識していただけだった。今にして思うと、なんと軽々しい認識であったことかと猛省しきりだが。また、事故から20年目だった2005年当時は海外在住だったこともあり、様々な関連行事を間近に感じることが出来ず、やはりどこか他人事のように感じていた自分が居た。
この事故に自分が真の意味で関心を抱いたきっかけは、2008年に公開された映画『クライマーズ・ハイ』だった。これはノンフィクションではないし、映画としての完成度などはさておき、自分にとってはじめて、この大事故の重大性やご遺族たちのお気持ちや社会的影響などを考えさせられるものではあった。以来、この事故の関連文献や書籍や当時の新聞の縮刷版などを読みあさり、事故原因やご遺族の苦しみなどには自分なりに目を向けてきたつもりだった。この本も、2008年〜2009年頃に購入した数十冊のそうした書籍の中の一冊であった。
ところが、この本だけはどうしても読了することが出来ない。読了どころか、数ページ・数十ページ読んでは動悸がして体が震えだし、ページを閉じざるを得なくなる。いったいこれまで、何十回読もうとしては諦めてきたことか。特に毎年夏になると、8月12日が近付いてくると、「今度こそ読まなければならない。目を背けてはいけない。」と自分に言い聞かせてはこの本を開き、でも挫折するということを繰り返してきた。暑い夏は、自分にとってはこの事故とこの本の存在を強く意識させ、思い出させてくれる。長崎と広島に思いを馳せるのと同じように。
今年も7月に入って梅雨が明けて暑くなった…と感じると同時に、思い出したのがこの本だった。書架の奥から取り出して目の前に置いて坐し、意を決して読み始めた。やはり体が震えた。涙で文字を追うのも難しい箇所がいくつもあった。それでも、一気に読了することが出来た。遂に。
123便が御巣鷹の尾根付近に最初に接触した5秒後、機体後部は分離して斜面を滑落した為に、前部に比べれば衝撃や損傷が小さめであったとされている。奇跡的に生還できた4名の乗客は、機体最後尾付近に乗っていた(それでも4名しか助かることが出来なかった)。機体前部は、約640km/hという猛スピードで山肌に激突したものとみられている。その衝撃は数百G。そして炎上。鋼鉄の機体自体が原形をとどめないほどにバラバラになって山中に飛び散ったのだ。中に乗っていた人々はどうなったことか…。それがこの本には描かれている。文字通り想像を絶する、そのさまが克明に。
この現実のあまりの凄絶さとむごさに、自分は5年近くも向き合うことが出来ずにいた。今やっと向き合い、受け止めることが出来たと思う。そして、そうすることが出来て良かったと心底思う。知らなければいけないことを漸く知ることが出来た。航空機の墜落事故が起きるとこうなるのだ。520名もの方々が、無残に命と肉体とを散らせたのだ。もうすぐ28年目の8月12日がやってくる。何年たっても何十年たっても、風化させてはいけない事件であり、事実なのだと思う。
身元確認班長だった著者をはじめ、ご遺体やその一部の捜索・確認作業に関わった全ての方々に深く尊敬の意を表します。犠牲になられたみなさま、ご遺族のみなさまがたへ心からの哀悼をおくります。可能であれば自分も慰霊登山に参加したいが、持病があるので無理かもしれない。でもせめて、上野村にある慰霊の園へはお参りする。この夏。
「生きること」とは、「死ぬこと」とは、「人間の尊厳」とは… といった事について深く深く考えずにはいられない本。死してたとえ肉片と化していても、そこに人間としての尊厳は確かにあるのだと確信した。そして、今生きている自分は真剣に一日一日を生きなければいけないのだとも教えてもらった。
決して興味本位で読むような本ではない。自分のようにやや感受性の強い人にはページを繰るのも難しいだろう。それでも、一人でも多くの方に知っていただきたい真実が記録された一冊だと思う。
本作を読了してあまりの衝撃と感動を受けたので、拙い言葉ながらも自分の感じたことを書き残しておきたいと思い、これを書く。
自分がこの本を購入したのは5年近く前のことだった。しかし、今日に至るまでどうしても読むことが出来ずにいた。
日本航空123便墜落事故が起きた1985年、自分はまだ小学校にあがる前で、当時の事はあまり覚えていない。ただ、毎年夏になると報道される慰霊登山の様子などを気に留めながら、「たいへんな航空機事故が以前に日本で起こったんだ」といった程度に意識していただけだった。今にして思うと、なんと軽々しい認識であったことかと猛省しきりだが。また、事故から20年目だった2005年当時は海外在住だったこともあり、様々な関連行事を間近に感じることが出来ず、やはりどこか他人事のように感じていた自分が居た。
この事故に自分が真の意味で関心を抱いたきっかけは、2008年に公開された映画『クライマーズ・ハイ』だった。これはノンフィクションではないし、映画としての完成度などはさておき、自分にとってはじめて、この大事故の重大性やご遺族たちのお気持ちや社会的影響などを考えさせられるものではあった。以来、この事故の関連文献や書籍や当時の新聞の縮刷版などを読みあさり、事故原因やご遺族の苦しみなどには自分なりに目を向けてきたつもりだった。この本も、2008年〜2009年頃に購入した数十冊のそうした書籍の中の一冊であった。
ところが、この本だけはどうしても読了することが出来ない。読了どころか、数ページ・数十ページ読んでは動悸がして体が震えだし、ページを閉じざるを得なくなる。いったいこれまで、何十回読もうとしては諦めてきたことか。特に毎年夏になると、8月12日が近付いてくると、「今度こそ読まなければならない。目を背けてはいけない。」と自分に言い聞かせてはこの本を開き、でも挫折するということを繰り返してきた。暑い夏は、自分にとってはこの事故とこの本の存在を強く意識させ、思い出させてくれる。長崎と広島に思いを馳せるのと同じように。
今年も7月に入って梅雨が明けて暑くなった…と感じると同時に、思い出したのがこの本だった。書架の奥から取り出して目の前に置いて坐し、意を決して読み始めた。やはり体が震えた。涙で文字を追うのも難しい箇所がいくつもあった。それでも、一気に読了することが出来た。遂に。
123便が御巣鷹の尾根付近に最初に接触した5秒後、機体後部は分離して斜面を滑落した為に、前部に比べれば衝撃や損傷が小さめであったとされている。奇跡的に生還できた4名の乗客は、機体最後尾付近に乗っていた(それでも4名しか助かることが出来なかった)。機体前部は、約640km/hという猛スピードで山肌に激突したものとみられている。その衝撃は数百G。そして炎上。鋼鉄の機体自体が原形をとどめないほどにバラバラになって山中に飛び散ったのだ。中に乗っていた人々はどうなったことか…。それがこの本には描かれている。文字通り想像を絶する、そのさまが克明に。
この現実のあまりの凄絶さとむごさに、自分は5年近くも向き合うことが出来ずにいた。今やっと向き合い、受け止めることが出来たと思う。そして、そうすることが出来て良かったと心底思う。知らなければいけないことを漸く知ることが出来た。航空機の墜落事故が起きるとこうなるのだ。520名もの方々が、無残に命と肉体とを散らせたのだ。もうすぐ28年目の8月12日がやってくる。何年たっても何十年たっても、風化させてはいけない事件であり、事実なのだと思う。
身元確認班長だった著者をはじめ、ご遺体やその一部の捜索・確認作業に関わった全ての方々に深く尊敬の意を表します。犠牲になられたみなさま、ご遺族のみなさまがたへ心からの哀悼をおくります。可能であれば自分も慰霊登山に参加したいが、持病があるので無理かもしれない。でもせめて、上野村にある慰霊の園へはお参りする。この夏。
「生きること」とは、「死ぬこと」とは、「人間の尊厳」とは… といった事について深く深く考えずにはいられない本。死してたとえ肉片と化していても、そこに人間としての尊厳は確かにあるのだと確信した。そして、今生きている自分は真剣に一日一日を生きなければいけないのだとも教えてもらった。
決して興味本位で読むような本ではない。自分のようにやや感受性の強い人にはページを繰るのも難しいだろう。それでも、一人でも多くの方に知っていただきたい真実が記録された一冊だと思う。