ひどい感じ―父・井上光晴
幼少の頃から「嘘つきミッちゃん」と呼ばれた井上光晴氏は、ご自分の経歴を偽り、家族も知らなかったそうです。長女の荒野さん(本名)の名前も、人と変わった劇的な一生を送るようにとの願いから「嵐が丘moor・あれの」と名づけられました。荒野さんによると、経歴詐称や数々の嘘も、何事もドラマチックな展開や結末を図る天性の作家であるサガによるものとかばっていらっしゃいます。お母様も毎日3度、居酒屋のような食事を誂え、食事中にあれが食べたいと他の物を所望すると、それに答えるという献身ぶり。瀬戸内寂聴氏ご本人が、出家の原因は井上氏であると語っているように、女性関係も多々あったご様子ですが、家族が献身せずにいられない井上氏の魅力的な側面が伺えます。
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黒木監督戦争3部作の一作目。1988年の作品。桃井かおり、田中邦衛、仙道敦子、黒田アーサー。1945年8月8日、原爆投下1日前の長崎。戦時下なれど、日々暮らしている庶民の姿が淡々と描かれている。この翌日にはあの原爆が炸裂したのかと思うとやりきれなくなります。
最近明らかになってきた話として、8/9の長崎の原爆はギリギリのタイミングで落とされたというのがあります。アメリカは原爆実験を日本でしたかったのですがソ連が8/9に参戦してきたため、日本との戦争を終結させなければならなかった。よく二発の原爆が太平洋戦争を終わらせたと言いますが、それは違って戦争が終わる前に急いで二発落としたというのが本当なのです。事実、この8/9は小倉に原爆を落とすつもりでサイパンから飛び立ったB29でしたが、悪天候のため目標を長崎に変更し、それによりサイパンへ帰る燃料が尽きて沖縄に着陸しているのです。つまりどうしても8/9のうちに落としたかったのです。これも戦争の一面ですが、勝つとわかっている戦争で新兵器の実験がしたかったのです。
本作では直接的な戦争シーンは出てきません。戦時につつましく暮らす人々の姿を映し出すことにより戦争の悲惨さを訴えています。登場人物が多く群像劇的なのですが、それぞれのキャラクターが輝いています。彼らのTomorrowを奪ってしまったのは戦争なのです。
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松本清張他、などといってますが彼はあくまで対談者の一人ですので彼の歴史推理を期待して買うとがっかりします。しかし参加者が歴史学者と作家半々という構成は良い。ゴリゴリのアカデミズムでもなく、作家の垂れ流し座談会でもない興味深い読み物になっている。
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原監督は井上光晴の「フィクションとノンフィクション」についての講演を聴いて、彼を映画の対象として決めたそうです。「虚構と事実」の関係はドキュメンタリー映画監督としても関心のあるテーマだったのでしょう。それがこのような展開になるとは不思議な符合です。
構成上では映画の半ばで、初恋の人が娼婦になったというエピソードが虚構だったことが知らされ、旅順で生まれたことなども事実ではないことが明らかになります。原監督のことですから、直接本人に矛盾を突きつけるのではないかと予感したのですが、それは収められていません。その理由は、亡くなってから氏の半生が虚構だということが分かってきたからだそうです。
井上光晴が「自筆年譜」を創作したのが、松本健一が作家の自伝 (77) (シリーズ・人間図書館)で引用する谷川雁の言葉のように、「本当の履歴を書くということに彼は耐えられなかった」からであり、「自分の存在の一頁をね、あるがままに提出したくないという気持」があったからなのか。
だとすると、この映画はその「わざと白いままに残された」最後の一頁に辿り着いたのだろうか、母との関係なのか、祖母の秘密がそれなのかという疑問が浮いたままの状態です。
ひどい感じ──父・井上光晴 (講談社文庫)
幼少の頃から「嘘つきミッちゃん」と呼ばれた井上光晴氏は、ご自分の経歴を偽り、家族も知らなかったそうです。長女の荒野さん(本名)の名前も、人と変わった劇的な一生を送るようにとの願いから「嵐が丘moor・あれの」と名づけられました。荒野さんによると、経歴詐称や数々の嘘も、何事もドラマチックな展開や結末を図る天性の作家であるサガによるものとかばっていらっしゃいます。お母様も毎日3度、居酒屋のような食事を誂え、食事中にあれが食べたいと他の物を所望すると、それに答えるという献身ぶり。瀬戸内寂聴氏ご本人が、出家の原因は井上氏であると語っているように、女性関係も多々あったご様子ですが、家族が献身せずにいられない井上氏の魅力的な側面が伺えます。