武蔵野 (新潮文庫)
表題ともなっている有名な『武蔵野』を収録した独歩初期(30歳)の短編集です。むしろ随想と言ってもよさそうな『武蔵野』は例外で、その他(17編)はいずれも佳作ぞろいの短編小説。独歩の短編の特徴は、構成がしっかりとしており(現代風に言うならば、プロットがよく練られている)、結末にはちょっとしたサプライズが用意されていると同時に、読後にはしんみりとした余韻を感じることができることでしょうか。この余韻が、琴線に触れると言うか、何とも言えず、いいのです。独歩は出生が暗く、若くして大きな挫折も味わったそうで、そのあたりが小説に作用しているのかもしれません。かといって決して陰鬱な雰囲気はないのですが(明るくもないが)。わたしのお気に入りは『源叔父』と『鹿狩』。『武蔵野』は言うに及ばず。若くして亡くなった独歩の遺した、宝石箱のような短編集。いつ、どこで読んでも、独歩の世界に浸れます。
武蔵野 (岩波文庫)
独歩の紳士的な面立ちが好きです。
特に、この短編では表題作よりも「忘れえぬ人々」が大好きです。
山の頂の細密な描写、村の平凡な夕方の光景、宿屋のどこか静かな風景など、独歩さんの作品は写実主義的な「自然美」で溢れています。
それは、日常の喧騒に疲れたときの、あまりに優しく穏やかな、そして紳士的でさえある歌曲のようでもあります。
大学受験に失敗した僕にとって、東京専門学校中退という境遇は、どこかシンパシーをかんじる部分もあり、非常に気に入っている日本人文学者の一人です。
なんとなく侘しく、毎日がどこか孤独で、満たされない時、国木田独歩の世界に入ると、そこにはきっと穏和で美しい自然讃歌が聞こえて来る筈です。