非運の果て (文春文庫)
初めて読んだ滝口康彦氏の一書です(正確には出版社が新たに編んだ短編集)。(生意気を云えば)藤沢周平氏の諸作品のような洗練さや流麗さはありませんが、その比類のない重厚さと暗さ(としか云い様のないある種の情念)にただただ圧倒され、頁をめくる手が止まりませんでした。様々な葛藤に対峙し又はさせられ、「武士道」に潔く殉じ或いは翻弄されて非業の道を歩む様々な人々の物語。文句なしに星5つです。
「みなにとっては、そのおことばをうかがうことが、一生の大事でございます。いわば、女にとっての正念場でございます。すべては、それできまります。それさえうかがえば、姉の罪ほろぼしのため、あなたさまに、まことをつくすことができます・・・・・・」(45頁)
「よし、余が許す。会わせてとらせい。まさかの時は、お家が亡ぶともかまわぬ」(187頁)。
「本心をあざむいて、偽りの心に生きること。それが侍の道なのか。ふと、そう思う。本心をあざむいているのではない。それを二つない真実と信じているのだと人はいうかもしれないが、もしそうだとしたら、なんとかなしいことだろうと鶴姫は思う」(203頁)。
「討ち果たされた当座は知らず、今では、敵への憎しみにつながっているのは、父を殺された怨みではあるまい。いつ果てるともない流浪の旅、その旅路での艱難辛苦が、そのまま敵への憎しみにつながっている−そうではないのかな」(244頁)。
一篇選ぶとすれば、個人的には「その心を知らず」でしょうか。作中を貫く緊張感と張りつめた臨場感にひたすら圧倒されました。また、「青葉雨」の結末にも、きらりと光るものを感じました。
上意討ち-拝領妻始末- [DVD]
ストーリーは「チャンバラ・メロドラマ」で
それなのに夫婦「愛」を表現したシーンなんて
完全に削ぎ落とされていている。
台詞上では親子愛、夫婦愛と言いながら
(説明的にしゃべり過ぎるくらいである)
実は映画の基調にあるのは、突き詰め貫かれる<怒り>
「ケダモノ!」から始まる嫁から父への怒りの連鎖である。
そして嫁から父への怒りの橋渡しをするために
怒りを焚きつけられ巻き添えになる夫は道化である。
「イエ」を崩壊させる大きな悲劇を完成させるために
息子は見知らぬ女の夫にされ、
その勢いで当主に仕立て上げられるのである。
「養子」という外部の存在が
<隠居>という外部に退きながら
「嫁」というもうひとつの外部とともに
その「イエ」の中心である当主を引きずり込んで
すべてを全面的に解体させてしまう。
それがこの物語の、愛とか封建制とか
そういうストーリーとは別の<スジ>である。
その<スジ>が際立っていることによって
この映画は陳腐な「チャンバラ・メロドラマ」に終らない。
「怒り」は「愛」より普遍的ということなのだろう。
素浪人横丁―人情時代小説傑作選 (新潮文庫)
仲代達矢の「切腹」の原作が滝口康彦「異聞浪人記」。同じ原作から「一命」という映画ができてると新聞広告で見たので,思い出して購入。この1篇だけで☆4つ。この作品を他の本で読むと高くつくはずです。
ところで,映画主演の俳優?さん,騒動起こした歌舞伎の人。謹慎中にアルバイトしてたのでしょうか。「切腹」は良かったと思うので今度の映画は見ないつもり。
一命 (講談社文庫)
私と同じ郷里の作者と知った。
この地は今も同じ風土である。
武士道とは偽善である、そう作者は厳然と告発している、
個人的にはそう思った。
「高柳親子」
殉死、追腹を切れ、切れと親類縁者が厚かましく粘着の極まで催促する、
が、ひとたび掟が変われば手のひらを返すが如く、権力におもね怯える。
佐賀で言う葉隠武士道とはかくのごとし。
江戸期においては怯懦、偽善、或いは権力への依存、阿諛に他ならなかった。
有り体に言えば明治以降に権力側から美化、飾り立てられ、教え込まれたものかもしれない。
「謀殺」
悪役としてこの短編で取り上げられる肥前の熊、龍造寺隆信、
実は影の主人公である。
弱小国人から身を起こし名門大友家との抗争を勝ち抜いていった。
独立心にとみ、裏切り、謀殺、権謀をモットーとし、綺麗事は一切なし、
彼こそが佐賀を代表する真の武将、武人であった、
というのが作者も意図しなかったが真のオチとなってしまった。
その幸運、武運のつけは数年後沖田綴りにて精算させられたが。
最後に「一命」
この作品の舞台、江戸初期の世を鑑みれば当然といえば当然の帰結の物語である。
ようやく平和な世となったとはいえ、
主人公は戦国きっての猛将福島正則の元家臣である。
家康の旗本、関ヶ原の折の行き違いからその旗本の首を家康、井伊直政に無理やり切らせた福島正則であった。
勝ち組として我が世の春を謳歌する、本来ならば格下の井伊家の家臣らに主人公は息子を辱められ死に追いやられてしまう。
単身で当然の如く井伊家に喧嘩を売りに行く主人公。
まさに戦国期の明日の命もしれない「武者」の気骨そのものである。
もう20年早ければ、当たり前のことだ、と世の武士から褒められたことであろう。
考えようによっては異様な物語でもなんでもない潔い話。
いろいろな思いを抱かされる優れた作品集である。
映画の宣伝を兼ねたブックカバーはデザインが醜く是非止めてほしい。
これ故☆4個としました。
切腹 [DVD]
熱で死にそうな赤子を助けるため、背に腹を変えられぬとばかりに、ある大名屋敷に押しかけ切腹に出向いた貧乏浪人。
その意気や天晴れ、ということで召し抱えられた先人の例に倣って、彼も仕官を期待したのだ。
しかし彼は翻意を許されなかったばかりか、竹光で切腹させられてしまう。
時が経ち、また同じ大名屋敷に一人の初老の浪人が押しかけ切腹に来た。
老中は先の浪人の話をしてこの浪人の翻意を促すが、彼は「本当に切腹しに来たのだ。いささかも構わぬ」と譲らない。
この浪人、実は・・・・・・。
何ともスリリングな時代劇。
当時29歳の仲代が、全く違和感なく初老の浪人になりきっており、その演技力にまず驚愕。
「わはははは」という彼の笑い声の、その豪快さに家のテレビが震え??。
老中役の三國連太郎もネチネチした感じが全身から滲み出ていて凄い。
救いようのないオチも含め、はっきり言って後味が悪いタイプの一種の政治ものだが、仲代の演じた浪人の行動に痛快さを強くおぼえる、文句なしに楽しめる時代物を代表する大傑作。