ウロボロスの純正音律
作者は現在隆盛を極める変則ミステリの祖と言ってよいだろう。思春期に『匣の中の失楽』の影響を受けたミステリファン(現ミステリ作家も含む)は数知れない(かくいう私もそのひとりである)。『匣の中の失楽』は、反ミステリの金字塔である先行作・中井英夫『虚無への供物』へのオマージュであるが、後者は道徳的・人間論的な形で(いわば神学的に)ミステリの不可能性を開示したのに対して、前者は語りの構造を通してその不可能性を示した。穿っていえば、『匣の中の失楽』はゲーデルの不完全性定理のような衝撃をミステリ界に引き起こしたのである。
アナロジカルに見て面白いのは、(一部で誤解されているように)ゲーデルの定理によって通常の数学が崩壊したわけではなくむしろ発展したように、ミステリは『匣―』式の変則ミステリを含みこむことで、以前の時代に比して驚くほど多様になっていったということだ。例えば綾辻行人はごりごりの正統派に見えるが、かつての古典をモデル(イデア)として立てたミステリ観から書かれてはいない。あくまで平行線公理の否定も成り立つことを認めた上での平行線公理の使用である。今では「正統ミステリ」とは、いつでも変更可能で廃棄可能な、一定の「公理」を採用したミステリの意にほかならない。
竹本健治は『匣の中の失楽』の神話性を自ら破壊するかのごとく、その構築的脱ミステリ性自体をパロディ化して、現実のミステリ作家やミステリ関係者を多数登場させた、現実と虚構の決定不可能性を試行する『ウロボロスの偽書』を上梓した。当初は賛否両論あったかと思うが、続編『ウロボロスの基礎論』あたりでは、その作法はおおむね好意的に受け入れられ、さらなる続編の期待が高まっていった。そのウロボロスシリーズの三作目にして最終作として満を持して出版されたのが、この『ウロボロスの純正音律』である。
前作では二つの系、前々作では三つの系と、複数の系が絡み合ってストーリーが進行した(つまり多重世界的であった)のに対して、今作はストーリーが一本化している。それに呼応するかのように、シリーズ中もっとも正統ミステリ感が濃い。定番の薀蓄も残っている(純正律についてのそれには感心した)が、はっきりストーリーの伏線になっている。そもそも謎の洋館の中で生じる「見立て」連続殺人という時点で、ばりばりの正統派である(もちろん上記の通り、今日のミステリファンはそれを文字通り取るわけではない)。探偵役もいつもの綾辻行人に、作品中の京極堂さながらの京極夏彦、意外な伏兵北村薫と揃っている。
竹本健治のストーリーテーラーぶりが遺憾なく発揮されており、ミステリファンはもちろんそうでないひとにも、躊躇なくお勧めできる、娯楽小説になっている。
狂い壁 狂い窓 綾辻・有栖川復刊セレクション (講談社ノベルス)
初めて読む作家さんです。
読み始めの1章は、1編ごとのくぎりがわからず
短編集??っと、首をかしげることも。
登場人物さえも、一体誰が誰なのかもわからず
正直、読み進めるのがしんどくて、途中で投げだしそうになりながらも
「樹影荘」の間取り図に、興味を惹かれて読み進む。
これが2章目あたりから、登場人物がハッキリとしてきて
色々な展開を見せ始める。
トイレの血文字、廊下の血痕、中庭の骨…。
1章の伏線が、次々に明かされていく。
住人が死に、火事が起こり…。
入居者達の、過去が浮き彫りになって行く。
全体的に、妙な雰囲気で狂気に満ちている。
私なら、絶対にこんなところに住みたくない場所。
ストーリー的には、面白いのかと問われれば
素直に頷けないけど、この不思議な世界は印象深い。
好みが分かれるとは思うけど、好きな人には好きな世界なんだろうなと
思うと、妙に納得もする。
モノノ怪 壱之巻「座敷童子」 [DVD]
それが、この「座敷童子」。
一見、奇怪な映像美に相まって、注目すべきはその細部に至る気配りであろう。
一般的に描かれることの少ない「歯」は、人々の感情の揺れをダイレクトに伝え、
小物・背景には物語の伏線が描かれている。
一つひとつの行動の内側に隠されたもの。
それは、直接的に知り得るものではない。
だが、回数を重ね観るうちに「これは、こういうことだったのか」と分かることが多くある。
それは、傘一つにも関係してくるもの。
この作品は、私が生涯初めて「買わなくては」と衝動的に思わせた「宝石」である。
むしろ、このシリーズこそが革命的なものであろう。
話中、主人公・薬売りは人々の心を誘導する役割を持つ。
そこにあるのは、時代は違えど私たちの心に潜む「何か」なのだ。
恐らく、この作品を一度だけしか観られていない方の中には
「座敷童子とどう関係が」
と疑問に思われることもあるだろう。
だが、もう数回観てみよう。今度は物語を追うのではなく、人を追う形として。
そうすると、どうしてか。そのモノノ怪の名の意味を知ることになるのだ。
艶美な和紙のテクスチャの中で、劇を演じる役者達。観客すら、役者のうちなのだ。
子を持つ人、そうでない人。
これは前者には、痛烈な感情と温もりを。後者には、硝子珠のような愛しさを届ける話であろう。
だが、真剣に観ていると不思議と涙が流れてくる。
むごたらしい現実をつま引く、この幻想譚。
単なるアニメーションに終わらぬ、宮崎アニメとはまた違う狂おしさを、どうぞあなたにも。
モノノ怪 弐之巻 海坊主 [DVD]
TVシリーズ「モノノ怪」初となる三部構成の本作「海坊主」。
今回の舞台は海を進む船上・そらりす丸。相変わらずきらびやかな装飾と浮世絵表現を多用した船内は「美しい」の一言。
この船に乗り合わせた人々も坊主、剣士、町娘、修験者など個性的なキャラクターで魅力的。
しかしそこで起こるのは突如出現したモノノ怪による船の襲撃。皆はただうろたえるが、そこに現れたのは誰あろう謎の男・薬売り!
薬売りの術によりことなきを得たが、誰かが船の進路を操作したということが判明する。一体誰が犯人なのか。
そしてこの海に現れるモノノ怪の過去の因果は何なのか。
それを不適に笑いながら解決する薬売りがとてもカッコいい!
今回は三部構成なのでとても重厚で深いストーリー展開と薬売りの探偵劇が見所ではあるが
キャラクターも多くそれぞれの個性が強烈なのでそれだけでも楽しめる。
そしてなによりもモノノ怪の醍醐味である映像美に酔いしれよう!