大菩薩峠 [DVD]
この物語は子供の頃は何とも暗く恐怖すら覚えたものであった。訳もなく人を斬りたがる主人公に共感は今でも持てない。それでも見応えがあるのは人間の弱さを描写しているからであろう。若い兵馬などが魅力的でもあるし、純真な大男(岸井明)などは主人公とは対極なキャラクターだ。
派手な殺陣はないが迫力がある。島田虎之助が刺客を返り討ちにするところは特に凄い。往年のスター大河内伝次郎の刀さばきが堪能できる。カラミに刀が当たる音まで聞こえる。千恵蔵の竜之介はややイメージからはずれるが、そんなことはどうでもよくなる演出力には舌を巻く。
大菩薩峠〈1〉 (ちくま文庫)
この作品は大正2年(1913年)に都新聞に連載され、その後何度かの休筆をくり返しながら延々と書きつがれた未完の長編である。今から95年前に書かれ始め、著者は昭和19年に腸チフスで急逝してしまうのだが、その後もこの作品が今まで読まれ続ける魅力とは何なんだろうか。
主人公の机龍之介はアブナイ人である、無闇に人を斬りたくなる。始まりからいきなり老人を文字通り斬って捨てる、理由はない。子供までつくった自分の女房から「さあ、殺せ」といわれて斬る、それは自分のわがままから死んだのだという。生き方は風の吹くままである。幕府の味方新選組に手を貸すかと思えば倒幕の天誅組にも加わる、思想などあったもんではない。しかし剣を握ればめっぽう強い、剣のみが己の信ずるところなのだろう。その剣も究めた人からみれば妖しい剣なのだが。
読者が勧善懲悪を好む普通のヒーローを望むなら机龍之介にはついていけない。しかし虚無的で捨て鉢な生き方を好む普通の感覚とは違ったヒーローを望むなら読み進めていけるだろう。
この作品の魅力は決して珍しくない、どこにでもある描写がリアルなことである。龍之介と女房のお浜がささいなことから夫婦喧嘩をする場面や最後の金蔵がお豊をくどいて迫る場面などはまるでその場に立ち会っているかのようである。そしてもう一つの魅力がエロスである。具体的な男と女のからみというのは描いていないが、手篭めにされそうな場面がところどころにあって結構楽しませてくれる。
ザ・大菩薩峠―『大菩薩峠』全編全一冊
by 小宮山隆央
映画にもなっています。
大菩薩峠 (1960年 / 日本 )
監督: 市川雷蔵 三隅研次
出演: 市川雷蔵 本郷功次郎 中村玉緒 山本富士子
『大菩薩峠』は、中里介山作の約30年にもわたり書かれている長編時代小説。
1913年〜1941年に都新聞・毎日新聞・読売新聞などに連載された41巻にのぼる未完の一大長編。
幕末を舞台に虚無の剣士 机竜之介の生き様を描いています。
甲州大菩薩峠を生家とし、武道の試合で対戦者を撲殺することから始まる長編小説です。
虚無にとりつかれ、殺人・辻斬りを重ね、血に餓える剣豪・机竜之助。
戦に加わり、盲目となりながらも、血に餓え、辻斬りを重ねてゆきます。
剣士が、刀の血の錆びに翻弄されてゆき、 旅の遍歴と周囲の人々など様々な生き様が描かれています。
連載は約30年にもなる長編時代小説、作者の死とともに未完に終わっています。
弁信、与八、宇治山田の米友、お銀様、お君、犬のムク、がんりきの百蔵、裏宿の七兵衛などなどとサブキャラクターが存在感があります。
このサブキャラクターでも各1冊分の主人公です。
弁信、与八だけでも読書して得られるものを持っています。
小宮山隆央