死刑囚の記録 (中公新書 (565))
死刑囚と関わった精神科医の著書。死刑という刑罰を客観的に諭しているが、読後には著者の「廃止」の理がよくわかる。
死刑囚には独房で拘禁反応が顕著にみられ、自身の存在や犯罪歴が、人事のように感じ、虚言や暴れるといった問題行動も多い。問題は、それを「自覚」できない点であって、罪を反省することはもとより、死刑の刑罰すら理解できないことも少なくない。そして、独房には拘禁反応を助長する材料が揃っていて、抑止するものが何一つない。
囚人が精神を患うと、それが独房で助長されて罪の重さや贖罪の念が風化しかねない。その中で刑を執行することに意義があるのか―。と、読み取れる。
また、ある囚人が発した「殺すために生かしている」という点で日本の死刑制度(執行までに時間がかかりすぎる)の提起を、考えざるを得ない。
死刑制度を廃する参考文献の1つとして実に秀逸だが、本書に登場する死刑囚は、男性ばかりである。女性ではどのようであるのか、その点が知りたかった。ので、☆3つ。。。
雲の都 第四部 幸福の森
これはなんでも「自伝的小説」らしいが、自伝にしては小説的過ぎて?全部が嘘かとも疑われるし、小説にしては文章が緩すぎてまるで素人のようで戸惑う。自伝と小説の2つの要素を恣意的にアマルガムにしているために作品に芯が無く、一個の読み物としての主体性が希薄であると感じられる。
同じ「自伝的小説」でもトーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」ではこういう不安や不安定はさらさら感じないから、おそらくその原因は、著者の枠組みの設定と文体・文章の吟味が甘いのだろう。後者については渡辺淳一や塩野七生と共通するものがあるが、この2人はあれほど酷い文章を書いても構造自体はきっちりしている。
そのことは、著者の文章と著者が本書で引用している死刑囚の迫真の文を比べてみるとよく分かる。著者は自分の人世に決定的な影響を受けたこの出会いから多くのものを学んだと告白しているが、文体の深さと重さと鋭さについてはまるで無関心だったらしい。
しかし先祖の韓国や韓国人とのつながりなどや、妻とは別の女性との間に出来た息子の自殺やゲーテの故地への訪問記など、文想が乗って来ると精気がみなぎる。出来不出来の差が激しいバレンボイムの演奏のようだ。
われもまた2012年夏の海の点景となり終せぬ 蝶人
きのこ文学名作選
きのこ文学のファンの方はもちろん、広く文学を愛する方にお薦めしたい一冊。
よくぞここまで広くきのこ文学を渉猟し、名作を掬いあげたものである。ジャンルは、小説から詩歌、狂言にまで及び、今昔物語の世界から現代文学までをカバーしている。
中でも私には、萩原朔太郎、加賀乙彦、村田喜代子、八木重吉、北杜夫などの作品が印象深かった。
脳細胞の中に菌糸が繁殖していく感覚を与えてくれる作品群。「きのこ」の中に、人間の内面世界のほの暗く湿潤した部分と通底するものがあることを実感させられる。
更に愕くのは、本書全体がこれでもかといわんばかりに、凝りに凝ったデザインで満たされていることだ。一作ごとに紙質、色が違い、フォントが違い、レイアウトが違う。変幻自在のデザインを楽しむことが、掲載作品それ自身の味わいを倍加させてくれる。
飯沢耕太郎という存在がなければ、こうした本の刊行も現実のものとはならなかったに違いない。ぜひこの味わいを実感してほしい。
不幸な国の幸福論 (集英社新書 522C)
精神病、犯罪心理などに大変詳しい80歳の大先輩からの超現実的な幸福論です。
加賀さんは58歳でカトリックの洗礼を受けています。
なのでいろんな角度からのちょっとした宗教論などもあり面白く読めました。
戦時中のお話、老後論もあります。
前半はデータで現在の日本は世界の中でこんなんだ。
(日本はOECD加盟国の中で下位ばかりで悲しくなりました)
真ん中は不幸な日本で幸福に生きていくにはどうすれば良いか。
後半は小説のように感じました。
宇宙のような人間の細胞、信濃追分のきれいな空、
それぞれの映像が頭の中で浮かんできました。
心に残ったところ
・平均寿命が34歳(2002年)と世界一短いシエラレオネ
・統合失調症はどの国でも百人に一人ぐらいの割合で発症する精神疾患
・連帯保証人という日本独特の保障制度
・幸福を定義してはいけない
・ハンセン病の新規患者がインドでは今も年に十数万人単位で増えている
・人生に期待するのをやめて、人生から自分が何を期待されているかを考えよう
・「場」を増やして心の免疫力をアップ
・成功の反意語は「チャレンジしないこと」
・好きなことがなかなか見つからないという人は、好きなことと得意なことを混同し、
それがどう評価されるかにこだわりすぎているのかもしれません
久しぶりにスラスラ読めない、読み応えたっぷりの本でした。
科学と宗教と死 (集英社新書)
自伝のような・・・。ノンフィクションとしてもっと分析的な書きぶりでお願いしたい感じがした。幼年学校の生徒であり、軍国主義を肯定していた過去を隠していないところ、一方、戦死することに疑念を抱いていたことを素直に語っている点は良い。死刑囚と無期懲役受刑者の比較は著者の実体験からくる話で良かった。死を意識しながら今を大切に生きるということを、刑務所で学んだ。